本記事はrobot digest 2020年1月24日掲載記事を転載しております。
過去には日本ロボット学会の第16代会長(2013~14年)を務め、現在も日本ロボット工業会のシステムエンジニアリング部会長など、ロボット業界の要職を数多く務める三菱電機の小平紀生氏。黎明(れいめい)期から40年以上もロボット産業と共に歩んできた同氏に、自身の半生を振り返るとともに、ロボット産業について思うところをつづってもらった。毎月掲載、全12回の連載企画「随想:ロボット現役40年、いまだ修行中」の第10回。2008年に機械安全に関わりはじめ、18年にはロボットシステムの安全に関する資格認証制度の立ち上げに携わった。
SIer業務標準への安全の折り込み
「安全」をテーマに2011年には日本機械工業連合会の講演会にも登壇(日機連提供)
2015年にはロボット革命イニシアチブ協議会(RRI、大宮英明三菱重工業相談役)が設立され、ロボット利活用促進活動ワーキンググループ(WG2)で、システムインテグレーター(SIer、エスアイアー)の「業務プロセス標準化」活動が始まりました。
私はWG2のメンバーではなかったのですが、標準化活動の実務を担っていたミツイワ(東京都渋谷区)の羅本礼二社長から日本ロボット工業会(現会長・橋本康彦川崎重工業取締役)システムエンジニアリング部会長の立場で参加要請を受け、例によって引き受けました。
当初は、各社各様のSIerの仕事ぶりを今さら標準化することに対して、若干の疑問を感じていました。しかし、最も重要なのはSIerとユーザー間の合意形成を確実にするための方法を明示することだと気付いてからは、かなり本腰を入れて取り組みました。
案の定とも言えましたが、検討中の業務プロセス標準には、システムの安全を確保する考え方は全く入っていませんでした。
RIPSにリスクアセスメントの項目が加わった
ここは、前編で紹介した日本機械工業連合会(日機連、現会長・大宮英明三菱重工業相談役)での活動成果を発揮するところです。実務メンバーを対象に、日機連の活動でお世話になった三菱総合研究所科学・安全政策研究本部の首藤俊夫主席研究部長からご指導いただく機会を設けました。その結果リスクアセスメント(リスク要因の特定や評価、対策など)をきちんと取り込んだ「ロボットシステム インテグレーション導入プロセス標準(RIPS)」の初版は無事完成し、第2版は17年6月に経産省から公開されました。
ロボットの安全資格創設へ
RIPS策定活動でのこのような状況は、SIerに対するリスクアセスメント普及活動の必要性を強く感じさせるものでした。16年5月の日本ロボット工業会システムエンジニアリング部会で、ロボットメーカー各社とこの問題を議論しました。
当時、安全に関する資格認証として日本電気制御機器工業会(NECA、会長・尾武宗紀オムロン執行役員)が創設した「セーフティアセッサ制度」が既に存在しました。この制度は機械安全に関する知識と判断能力を問うものです。当面は各社から関係の深いSIerに対して、同試験の受験を推奨することになりました。
全くの偶然でしたが翌日、日本ロボット工業会の総会後の懇親会で、セーフティアセッサの創設に関わったIDECの藤田俊弘常務執行役員にお会いし、この話をしました。
その場で「実は業界横断的に安全を推進する団体の立ち上げ準備に入っている」との話を打ち明けられ、そこで「セーフティアセッサのロボット版を検討しようか」という話に発展しました。
そんないきさつで、16年7月のセーフティグローバル推進機構(IGSAP、会長・向殿政男明治大学名誉教授)の設立時から、ロボット工業会を代表する形で理事として参加しました。またまた思わぬ急展開でした。
IGSAPの組織概要(2019年4月時点)
IGSAPの基本的な考え方に「Safety(セーフティ)2.0」というものがあります。人の注意・努力で安全を確保するセーフティ0.0、危険源の隔離で安全を確保するセーフティ1.0に対して、今後求められる「人と機械源の共存下で安全を確保する協調安全」という考え方をセーフティ2.0としています。
セーフティ2.0の議論は今でも続いていますが、本質的には時々刻々と変化するリスクを一括して封じ込めるのではなく、変化する状況に対応して安全が確保できる技術体系を作り上げることではないかと思います。
IGSAPの活動は製造現場のみならず、建設現場なども対象としていますが、製造現場の代表例としてまずロボット委員会を立ち上げました。ロボット委員会では幸運にも、日本のロボット安全に関するオーソリティー(権威)である名古屋大学の山田陽滋教授、労働安全衛生総合研究所の池田博康部長のお二方をお迎えでき、18年にロボットシステムの安全に関する資格認証制度「ロボットセーフティアセッサ制度」を創設することができました。
19年夏までに3回の試験が実施されて、およそ600人の方々が受験され、そのうち300人あまりが合格されています。工場自動化(ファクトリーオートメーション=FA)に関連するSIerやロボットメーカー、生産現場で自動化設備に関わる方々に活用いただければと思います。
「安全はコストではなく投資である」、これはIGSAPの向殿会長の言葉です。事故は起きてしまったら大ごとですが、起きないのが正常なので「安全の投資対効果」を評価する方法は確立されていません。このあたりも今後の課題だと思います。
――終わり
(構成・ロボットダイジェスト編集デスク 曽根勇也)
小平紀生(こだいら・のりお)
1975年東京工業大学機械物理工学科卒業、同年三菱電機入社。2004年主管技師長、13年主席技監。日本ロボット学会会長などを歴任し、現在は日本ロボット工業会のシステムエンジニアリング部会長やロボット技術検討部会長、FA・ロボットシステムインテグレータ協会参与、セフティグローバル推進機構理事兼ロボット委員会委員長などを務める。東京都出身、67歳。