1. はじめに
本記事は日本ロボット学会と人工知能学会の共同企画として,2022年9月5日から8日まで開催された日本ロボット学会学術講演会のセッションに参加した様子を報告する.
近年,教育にロボットを導入することへの関心は高まっている.家庭や身近な場所にもロボットが導入され始めており,教育現場でも学習用のタブレット端末を貸し出している.将来的に教育用ロボットの開発と期待は大きくなっている中で,本セッションの内容は教育に関心のある方やロボットと人間の新しい関係性を築くきっかけとして大変意義のある発表であったように思う.
本セッションは計4件の発表があったため,各々の発表の焦点について個別に報告する.
2. 本 文
本記事では2022年9月6日の午前に開かれたセッションである『教育用ロボット』について報告する.
本セッションではセッションの題目の通り,教育用ロボットに関する研究報告のため,教育に関心のある方や将来的に身近なロボットになる可能性のある発表に興味を持たれた方に対して.簡単な紹介としてすべての発表について報告する.
一件目は金沢大学のグループによる『小中学生を対象としたロボットの協同作業を含んだロボットシミュレータの開発』である[1].ロボットを用いた教育コンテンツは,問題解決型学習の題材として効果的であるが,実機を利用する場合,ロボットの動作不良や準備に必要な労力が1人の労力よりも大きい.そのため,シミュレーションと実際のロボットアームを利用した教育コンテンツを提案した.
シミュレータによる教育コンテンツの長所として,実機では行えないような複雑な動作を実現することができる.ここではシミュレータの特徴を活かし,2台のロボットが協同して目的のタスクを行うようなコンテンツを中心に報告する.本研究では,ロボットの協同作業を含んだロボットシミュレータが,どのような年齢層に効果的であるかを確認するためにワークショップを行った.
ワークショップには8人の小学生が参加し,チュータ3名で運営した.また,ワークショップの開催時間は1時間とした.今回のワークショップでは,適宜チュータの助けを得ながら,時間内に学習者がどのステージまで達成できるのかを確認した.ワークショップ終了後にロボットへの興味とプログラミングへの興味について,そう思う,少しそう思う,どちらでもない,あまりそう思わない,そう思わない,の5段階方式でアンケートを行った.
結果として,8つのステージのうちステージ6までについては,すべての参加者がクリアした.しかし8歳を境界として達成者の有無が分岐した.8∼9歳の学習者においては,「保存」や「客観的な基準をもとに順番に並べる力」が発揮される.また,書きながら覚えるといった「メタ認知」の作用も9歳から10歳の頃に生じる.ロボットの協同作業は,プログラムされたロボットの運動を,系列的に解釈する必要が生じるため,8歳を境界として達成者の有無が生じたと考えた.
実機ロボットによる教育コンテンツは教員側にとって労力が大きくなる場合がある中で,シミュレーションを利用した教育ロボットは小中学生にとっても受け入れやすく学習しやすい.特に2台のロボットによる協調作業を想定した実験は小中学生にとって複雑な作業を理解するための学習にもつながる.
二件目は東北学院大学のグループによる『視覚支援学校におけるプログラミング教育のためのロボットシステム』である[2].小学校課程のプログラミング教育は,プログラミング的思考に関する教育と,コンピュータプログラミングに関する教育に大別される.後者はScratchのようにブロックを組み合わせてプログラムを作成するビジュアルプログラミング環境が導入されるケースが多いが,視覚に障害がある児童の学習環境では,そのまま使用することが困難であるため,何かしらの工夫を施すことが必要になる.
ビジュアルプログラミングの特長を生かしながら,視覚に頼らないプログラミング環境を構築するために,市販のブロックとQRコードを組み合わせたシステムを提案し,児童の興味を引く題材としてロボット制御を取り上げた.
本研究ではプログラミング対象としてワンボードマイコンmicro:bit を用い,プログラミング環境として製作したものはプログラムブロック,プログラミングボード,ロボットであった.本システムは1,2年生の児童を対象として用いた.太鼓・鈴を鳴らすロボットを用いたリズムのプログラミングと色紙による移動ロボット行動制御のプログラミングを通して,プログラミングの学習を行った.実験では児童が自力でプログラムの作成,読み取り,実行できることが確認できた.
教育用ロボットの運用が考えられ始めた中で,視覚に障害がある児童にも使用することができるシステムの提案と実践を進めていることは教育現場において重要な研究になっている.
三件目は明治大学からの発表『継手を利用した実験用マニピュレータの開発-平面パラレルロボット・ハンドなどへの拡張-』である[3].近年,工学系に来る若年層はコンピュータ等を比較的早い段階で触れているが,実際に機械を分解したり,組み立てたりする体験をしている学生が肌感覚として非常に少ない.ロボットを比較的短時間の実験に利用する場合,完成されたロボットを動かすプログラミングなどに焦点を当てる一方で,ロボットの構造そのものに目が行かなくなる.本研究は組み立て作業を通して,ロボットの構造を理解することができるかに注目した.
短時間での実験でロボットの実験を行う場合,組み立てに時間をかけることは出来ないため,短時間で組み立てが可能なロボットマニピュレータの開発を行った.本ロボットの組み立てには,日本の古代木造建築でよく見られる尻挟み継手を採用した.本報では,継手機構を用いたロボットを平面パラレルマニピュレータやロボットハンドなどの基礎実験に使うことができるロボット機構に拡張した.
ロボットやプログラミングに関心が増加している中で,完成されたロボットの利用することが増えてきている.大学の講義の中でロボットの組み立てや構造の理解を学ぶために利用できるロボットの提案と実装によって更なる分野の発展に貢献するだろう.
四件目は東京大学,株式会社インテック,名古屋大学,株式会社チェンジビジョン,株式会社永和システムマネジメントのグループによる『hakoniwa-ros2sim: 仮想環境を活用したROS 2アプリケーションのシミュレーション手法』である[4].ロボットは IoT におけるThingsの好例のひとつであり,高品質な IoT システムの構築には,様々な技術領域をより容易に効率よく連携できる環境が欠かせないため,「箱庭」の研究開発に取り組んでいる[5].箱庭では,多様な分野からの技術者が集まって IoT システムを開発する際に,仮想環境上で手軽に実証実験できる場を提供することを目指した.本研究では,箱庭技術を活用した ROS 2アプリケーションのシミュレーション環境hakoniwa-ros2simを提案する.
hakoniwa-ros2simではDockerを用いた容易な環境構築を実現するが,ROS 2環境を導入することもできる.Docker を用いる場合とROS 2を用いる場合の性能評価を示し,トレードオフの指標を明らかにした.性能評価は,Linuxのvmstatおよびtopコマンドを用いた.vmstat ではPC全体のCPU使用率とメモリ使用率を,topコマンドではプロセス毎のCPU使用率とメモリ使用率をそれぞれ計測した.
全体的なCPU使用率では数%,メモリ使用率では25MB 程度,それぞれDockerの方が大きくなったが,これ以上にUnityが大きな割合を占めており,有意な差異はほぼ見られなかった.topによる評価でも,UnityおよびROS TCP Endpointが計算資源の多くを消費していた.
箱庭という幅広い分野の技術者によってシステムを開発する環境の提案は技術者同士の情報の共有場所にもなりながら個人では開発が困難であった高品質のシステムを構築することができるなど,今後の技術発展に必要不可欠な環境となるだろう.
3. まとめ
教育用ロボットは近年の教育現場への機械導入やプログラミング授業などの関心事に関連して注目されている,今後の教育を考える上で教育を受ける側と指導側が共に利用することで利点が増えるようなロボットの開発は期待が高まっている.本記事で紹介している4件の発表について詳しく知りたい場合は参考文献をご一読いただきたい.本記事をきっかけに教育分野において必要とされるロボットの開発やロボットとの関係性の構築など,教育を支援し発展させていくための紹介となれば幸いである.
参考文献
[1] 田畑研太,山辺貴之: “小中学生を対象としたロボットの協同作業を含んだロボットシミュレータの開発”,日本ロボット学会第40回学術講演会予稿集,3D2-01,2022.
[2] 菅原研,松本章代:“視覚支援学校におけるプログラミング教育のためのロボットシステム”,日本ロボット学会第40回学術講演会予稿集,3D2-02,2022.
[3] 小澤隆太:“継手を利用した実験用マニピュレータの開発”,日本ロボット学会第40回学術講演会予稿集,3D2-03,2022.
[4] 高瀬英希,細合晋太郎,福田竜也,高田光隆,久保秋真,森崇:“hakoniwa-ros2sim: 仮想環境を活用したROS 2アプリケーションのシミュレーション手法”,日本ロボット学会第40回学術講演会予稿集,3D2-04,2022.
[5]“箱庭のウェブサイト”https://toppers.github.io/hakoniwa/
津村賢宏 (Takahiro Tsumura)
1996 年神奈川県生まれ,大阪府育ち.総合研究大学院大学複合科学研究科情報学専攻.博士課程在学中.国立情報学研究所所属.SOKENDAI 特別研究員.人間と擬人化エージェント間の共感について研究.AI社会哲学者,人工知能学会学生編集委員.