本記事はrobot digest 2019年8月6日掲載記事を転載しております。
過去には日本ロボット学会の第16代会長(2013~14年)を務め、現在も日本ロボット工業会のシステムエンジニアリング部会長など、ロボット業界の要職を数多く務める三菱電機の小平紀生氏。黎明(れいめい)期から40年以上もロボット産業と共に歩んできた同氏に、自身の半生を振り返るとともに、ロボット産業について思うところをつづってもらった。毎月掲載、全12回の連載企画「随想:ロボット現役40年、いまだ修行中」の第5回。1980年代の終わりには労働組合の役員も経験し、さまざまな気付きが得られたという。
賀詞交歓会でAIゴルフを披露
人工知能(AI)を使って開発した「AIゴルフ」システムは、90年の正月に経団連会館で開かれた、三菱電機の経営幹部と各種メディアとの賀詞交歓会での余興になりました。最初にお客さんにグリーンの傾きやパターを振る角度などを適当に設定してもらい、その時の外れ方に応じてAIが打つ方向と強さを修正。2度目にはカップインさせるシステムです。
当時の私はまだ30代の若手社員です。社長以下全幹部を前にした緊張の場面で、当時の志岐守哉社長(故人)からひと言。「パットは一発で決めなくちゃ」。確かにその通り、緊張もほぐれた瞬間でした。
賀詞交歓会の余興になった「AIゴルフ」
なお、このシステムを一緒に開発した野田哲男さんも後に博士号を取り、今では大阪工業大学の教授です。
この頃に面倒を見た若手研究者には、現大阪大学副学長の八木康史教授や中京大学の工学部長の橋本学教授もおり、研究者の教育・育成を通じての社会貢献もできていたのかもしれません。
一番左が当時私の部下だった野田哲男さん、その隣が著者
労働組合で経営問題を垣間見る
80年代後半には、研究開発以外にも貴重な経験として、労働組合の経営担当執行役員への就任があります。
三菱電機全体の労働組合ではなく、研究所支部の非常勤の役員ですので、研究開発業務と同時並行です。簡単に言えば経営的な見地から組合員側を代表し、研究所長などの幹部に意見を言う立場です。
この期間に、一研究者では決して分からなかっただろうさまざまなことに気付くことができました。その中でも最も記憶に残ったのは、研究所における研究と開発の違い、さらに研究員としてのモチベーションとの関係を、当時の中央研究所所長の伊藤利朗博士(故人)と議論したことです。
「研究」とは、「開発」とは
伊藤博士が提示した「研究とは普遍化である、開発とは一般化である、成果評価は全く異なるべきである」との話を皮切りに、議論は2年間続きました。
研究と開発を比べると、例えば「やりがい」に関するアンケートでは開発担当はモチベーションが高いのですが、研究担当はそうでもない。これは開発の方が比較的短期間に見えやすい成果が出るため、自他いずれからも評価しやすいことが背景です。
研究と開発の混在は、本人も勘違いしやすいし、成果評価も混同しがちになる。どううまく分離するかが研究所の課題になるという議論です。研究のふりをした開発や、開発のふりをした研究は駄目で、特に本当の基礎研究は一生を棒に振るか、ノーベル賞を狙うかくらいの本人の覚悟と、忍耐強い管理が必要だと思います。
「研究所のリソース(経営資源)の最低20%は研究に充て、完全に隔離すべし」という話をしたと思います。
ただ、今にして思うと、当時の方がまだ研究と開発が区別できていたように思います。当時の研究所には日がな一日、水槽のアメフラシに餌をやり続けていたような謎の研究員もいました。実はアメフラシは神経細胞が巨大で肉眼でも確認できるので、神経細胞の情報処理を研究するのにうってつけの対象だったというのが種あかしです。
最近の「研究開発も出口を明確に」というのも大事な考え方ではありますが、中途半端になると分かりやすい開発ばかり指向され、どうも基礎技術力の低下や、国際競争力の低下を招くように思われてなりません。
製造現場にも触れる
さらに労組の役員時代にもう一つ大きかったのは、製造現場の経験です。研究所にも試作工場があり、そこは研究所内とはいえ製造現場ですので、それゆえの職場管理上の課題がたくさんあります。
研究者しかいない研究開発部門とは明らかに異質の職場です。しかし製造業ではむしろ、こうした製造現場の方が重要で、労組役員としてそこに接したことは、貴重な経験でした。
このような研究所生活の中、ある日部長室に呼ばれ、「稲沢製作所から名指しで声がかかった」と聞かされたのは91年、30代最後の秋のことでした。
――終わり
(構成・ロボットダイジェスト編集デスク 曽根勇也)
小平紀生(こだいら・のりお)
1975年東京工業大学機械物理工学科卒業、同年三菱電機入社。2004年主管技師長、13年主席技監。日本ロボット学会会長などを歴任し、現在は日本ロボット工業会のシステムエンジニアリング部会長やロボット技術検討部会長、FA・ロボットシステムインテグレータ協会参与、セフティグローバル推進機構理事兼ロボット委員会委員長などを務める。東京都出身、67歳。