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[随想:ロボット現役40年、いまだ修行中vol.6]40歳で突然の異動、事業部門の管理職に【後編】/小平紀生


本記事はrobot digest 2019年9月13日掲載記事を転載しております。

 

過去には日本ロボット学会の第16代会長(2013~14年)を務め、現在も日本ロボット工業会のシステムエンジニアリング部会長など、ロボット業界の要職を数多く務める三菱電機の小平紀生氏。黎明(れいめい)期から40年以上もロボット産業と共に歩んできた同氏に、自身の半生を振り返るとともに、ロボット産業について思うところをつづってもらった。毎月掲載、全12回の連載企画「随想:ロボット現役40年、いまだ修行中」の第6回。バブル経済の崩壊後は産業用ロボットが専用機化が進み、三菱電機もパレタイジングと液晶搬送に特化した製品を開発した。


ビジネスは面白い

 私が事業部門に移った90年代前半は、バブル経済の崩壊直後で、受注激減の最悪な状況でした。

 日本経済はそれまで、景気が悪くなったことは何度もありながら、結局は回復して成長を続けてきました。
 しかし今回ばかりは、そうは楽観視できないような肌感覚がありました。そのため、組織改編とともに事業戦略も見直しました。
 これまでのロボット事業は汎用的なロボットを開発し、適用できるアプリケーション(使い方)を広げるという方向でした。
 そこから、手堅い需要が見込める用途に絞り込んでその用途の要求には徹底的に応えるという用途特化型への転換です。


機構も制御もパレタイジングに特化

 選択した代表的な用途が、荷台(パレット)に箱を積むパレタイジングと、液晶搬送でした。

 三菱電機は物流倉庫や出荷場でのパレタイジング作業では実績を上げていて、その方面の有力なシステムインテグレーター(SIer、エスアイアー)との関係も良好でした。そこで、機構的にも制御的にもパレタイジングに特化した仕様のロボットの開発に注力しました。

 パレタイジングは精度はあまり求められず、ひたすらに高速化すること、さまざまな荷姿に柔軟に対応できることがポイントです。

 

当時開発したパレタイジング専用のロボットとコントローラー

 

 パレタイジング専用ロボットを製品化した頃から、「高速化競争」が勃発しました。
 コストを掛けずにロボットを軽量化することと、トルクの大きなモーターを使えるようにするのが常とう手段ですが、もちろんそれだけでは競争に勝てません。
 荷物を運んでいない時は負荷が軽いので、その時だけモーターの加減速を大きくするような制御を採用。他にもハンドの開閉時間を短縮したり、パレットのレイアウトを工夫したりと、結構な知恵比べでした。

 

素材から消費者までの物流におけるロボット応用のイメージ

 

 ただし、SIerから「コンベヤーが追いつかないような速度でロボットが動くことを自慢されても、ありがたくない」との指摘もありました。実現するシステムの価値は、ロボットの性能だけでは決まらないことにも気づかされました。

 

インテグレーションを経験

 液晶搬送はクリーンルーム仕様のロボットです。稲沢製作所ではかつて、自社の半導体工場の搬送系を一手に引き受けていた実績がありましたので、技術には全く不安はありませんでした。

 問題は、1990年代から2000年代にかけて、ガラス基板が一気に薄くなって大型化したことでした。
 1mサイズで厚みが0.7mmしかないようなガラスは、もちろん人が運べるような代物ではありませんので、ロボットが必須でした。

 

90年代以降、急拡大した液晶市場

 

 1m級のガラス基板に特化した特殊な屈伸型ロボットを公開したのが1990年代半ばのこと。
 ロボットを液晶メーカーや液晶の製造装置メーカーが購入してくれるうちは良かったのですが、誰も経験したことがない大きくて高価なガラスになると、リスクが高すぎてシステム構築を誰も引き受けなくなります。
 そのため、三菱電機でシステムまで手掛けることになりましたが、利益は出ず事業としては失敗でした。
 もっとも自分でシステムインテグレーションまで経験したことは貴重な経験にはなりました。

 

ガラス基板用の屈伸型ロボット

 

「もう戻る気はない」

 数年のうちに、以前研究職だった痕跡はなくなり、すっかり事業部門になじんでいたと思います。
 片時も気を抜けないビジネスの緊張感が自分には合っていたようです。

 数年後の研究所からのヒアリングには「もう戻る気はない」と回答し、引っ越す気が全くなかった関西人の娘たちも、1994年の新学期からしぶしぶですが愛知県の学校に転校してきました。

 

――終わり
(構成・編集デスク 曽根勇也)

 

小平紀生(こだいら・のりお)

1975年東京工業大学機械物理工学科卒業、同年三菱電機入社。2004年主管技師長、13年主席技監。日本ロボット学会会長などを歴任し、現在は日本ロボット工業会のシステムエンジニアリング部会長やロボット技術検討部会長、FA・ロボットシステムインテグレータ協会参与、セフティグローバル推進機構理事兼ロボット委員会委員長などを務める。東京都出身、67歳。