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ロボット用減速機の現状と今後の展望


初出:日本ロボット学会誌,2015 年 33 巻 5 号 p. 329-333

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解説

ロボット用減速機の現状と今後の展望

安藤清

 

1  はじめに

産業用ロボットは, いまや自動車および電気・電子機器製造業をはじめとする様々な生産現場において,なくてはならない存在となっており, 新興国においても自動化ニーズと相まってますますその稼働台数が増加している. これらの産業用ロボットは, その性能においても過去30年間で飛躍的に向上し, ロボットの動作スピードアップや, 位置決め精度の向上, 振動の抑制といった進化を続け, 製造現場の生産性向上やロボットの用途拡大につながっている. この性能向上に対して, 重要な役割を果たしてきたのは, ロボットの制御技術と, ロボット関節部に用いられる減速機である.

弊社は, この関節部に用いられる精密減速機“RV”1985年から製造販売しており, ロボットの進化に貢献してきた. 本稿では, 減速機メーカーの立場から, ロボット用減速機の現状と今後の展望について述べる.

 

2  減速機の要求性能

ロボットに用いられる減速機には, ロボットの使われ方によって様々な要求性能があるが, 共通する項目としては耐衝撃性, 長寿命, 低振動, 高剛性, 高精度, 高効率などである. このなかでも特に耐衝撃性と長寿命は生産設備に求められる基本的な要求項目である.

耐衝撃性は, 生産ラインにおいて,誤ってロボットアームを他の生産設備に衝突させてしまった際にも壊れることなく, 復旧後に再度運転可能とするために重視されている. 通常ロボットを生産現場で使用する際, 使用するに先立って動作を覚えさせるティーチング作業が実施される. この際に操作ミスにより,ロボットアームを他の生産設備に衝突させてしまうことがある. また, ロボット運転中にもプログラムミス等で異なったワークが流れてきた際等に, やはりアームを衝突させてしまったりすることがある. このようなミスによる衝突が起こった場合にも, ロボットアームが壊れて落下したり, 復旧した際に動かなくなったりすることがあってはならない. 万が一このような衝突によりロボットが壊れた場合, 特に自動車の溶接ライン等ではライン全体が停止して, 多大なる損害をもたらしてしまうことになるからである. そして, このような衝突により, その衝撃力を受けるのは主に関節部を構成する減速機であり, それゆえに耐衝撃性はロボット用減速機に必須条件である.

 

 

 

Figure  1: 精密減速機“RV”

 

 

また, 長寿命についても, ロボットは生産現場における生産性向上を目的として, 多大な設備投資をして導入しており, その寿命は設備償却期間より長くなければならず重要である. 特に減速機寿命に関してはその性能劣化度合が緩やかであり, 生産ラインにおいてロボットが, その要求精度範囲内でどれだけ長く使用できるかを左右する重要な性能である. この寿命の点では, 特に初期性能が同等の減速機であっても, 減速機メーカーによる寿命差が10倍にもなることがある.

低振動と高剛性については, ロボットの動作中あるいは位置決め後に作業をさせる場合において, 作業に支障を来たすアーム先端の振動を抑えるために重要である. これらの性能が劣っていると, 例えばアーク溶接作業においては, その溶接の溶け込み深さやビードの幅が不揃いになってしまい, 溶接品質そのものの低下につながる. また, スポット溶接作業においては, 溶接する位置にアームを素早く停止させた際に, 停止後の残留振動が収まるのに時間がかかるために, 次のスポット溶接作業に移れず,タクトタイム短縮ができないといった問題を引き起こすことになる.

高精度については, ロボットアーム先端の精度と直結しており, 減速機でわずか0.1°の誤差がロボットアーム先端では数ミリ以上の誤差となって現れるため, 非常にクリティカルである.

以上のように, ロボット用減速機には, 他の減速機とは異なる様々な厳しい要求性能がある.

 

 

 

Figure  2: 精密減速機“RV”の誕生

 

 

 

 

 

Figure  3: 減速機構

 

 

 

3  精密減速機“RV”の誕生

弊社の主力製品である, 精密減速機“RV”は, 1985年に開発された. 当時ロボットが抱えていた, 衝突時の減速機破損問題や, ロボット動作時の振動問題を解決することを目指し, 様々な減速機構を検討する中で, 弊社の油圧ショベル用走行モータ(油圧モータ+減速機)に採用していた減速機構が耐衝撃性に優れていることから, これを高精度化してロボット用に適用することで誕生した(2.この機構は,  3に示すように, ペリトロコイド歯形の外歯歯車が, 外側のケースと呼ばれるピンを配置した内歯歯車と理論上180°の範囲で常に噛み合っているために, トルク負荷を複数の歯で分担して受け持つことができる. また, インボリュート歯形のような歯元の曲げに弱い歯形ではなく, ペリトロコイド歯形形状採用による歯元の丈夫さを備えており, これら二つの基本構造によって実現された特性により, 非常に高い耐衝撃性を有しつつ高剛性であることから, ロボット用減速機として特に適した構造である. この動作原理は, 複雑であるため誌面での説明では十分に理解できないと思われるので, 弊社ホームページのこちらのアドレスの動画をご覧いただきたい〈http://precision.nabtesco.com/lesson/lesson01.html

その一方で, ロボット動作時の振動を抑制するために, ロボットの稼働速度範囲における振動周波数に対して, 減速機の持つ固有振動数を, 二段減速機構を採用することでロボットの固有振動数とずらし, 振動問題を解決した. これらの構造は数多くの特許として成立し, 世界における日本のロボット関連産業の競争力を維持する助けとなってきた.

精密減速機“RV”はその後も進化を続け, ロボットの組立性向上やコンパクト化のために軸受を内蔵したり, ケーブルが減速機を貫通することを可能にした中空減速機が誕生したり, さらに各部品をCAEによる動解析により徹底した軽量, 小型化を図りそのトルク密度も大きく向上するといった進化を遂げてきている. この間, ロボット構造も大きく変化し, 3軸めの駆動も並行リンク式から独立関節式となりその可動範囲が大きく改善されてきた. また, 減速機の軽量化によってロボット本体も総重量で約3040%の軽量化を実現し, そのコンパクト化に大きく貢献してきた.

 

 

 

Figure  4: 世界のロボット出荷台数

 

 

 

4  新興メーカーのロボット用減速機

産業用ロボットは, これまで先進国の生産現場において, その生産性改善に大きく貢献し, 世の中の様々な製品を高品質低価格で提供できる環境をもたらしてきた. そして昨今は, 中国などの新興国においてますます導入が加速され,  4に示すとおり今や中国は日本や米国, 欧州などの先進国を抜き, ロボットの年間導入台数が世界一となった. この背景には, 中国の急速な発展に伴って自動車をはじめ電気・電子機器等の現地生産が大幅に増加したことや, 近年の労働力不足や賃金上昇といった問題に対する対策として, 数多くのロボットが導入されるようになったからである. この流れは今後もさらに加速を続け, 稼働台数においてもいずれ中国が世界一となることが予想される. さらに, 中国においては, これまで日本や欧州メーカーのロボットを輸入していたが, 最近は中国メーカーのロボットが出現し, そのメーカー数も年々増加の一途をたどっている. これは, 中国政府による中国ロボット産業育成を目的とした, 国産化推進政策の追い風も伴って増加に拍車がかかっている. このように, 新興国でのロボット産業の成長に伴い, 減速機の国産化を目指す動きも加速されており, 数多くの新興減速機メーカーが出現してきている状況である. これら新興メーカーの減速機はその形状や構造において弊社の精密減速機“RV”と酷似しており, 一見弊社製品と見間違えるほどである物も多い. しかしながら, その性能は似て非なるものであり, 初期性能は同等であるが運転するとすぐに破損してしまうものや, 形は同じであるが, 部品精度が悪いために部品同士が干渉して, 入力ギヤを挿入することができず, 組立すらできないものまで様々である. これらの実使用上での性能差はロボット性能に大きく影響するが, 実際に使用してみないと分からないことばかりでカタログレベルでは判断できず, 減速機採用に当たってロボットメーカーを悩ませている. これらの品質面における差の原因は大きく分けて以下の技術力や生産能力の低さであると思われる.

 ・高品質な量産技術

 ・生産能力とフレキシブルな供給体制

 ・最適設計技術

 ・潤滑剤開発技術

 

4.1  高品質な量産技術

新興メーカーの減速機が寿命の点で大きく劣っている原因としては, 数多くの部品が形状においてはおおよそ同じであるが, その材料をはじめとして数多くの面で劣っていることが挙げられる, これらの要素に関しては詳細を述べることは敢えて差し控えるが, 各要素における品質のばらつきは減速機の寿命に大きく影響を与えるため, それぞれの要素のばらつきを抑えるとともに, ばらつきの許容範囲内であっても,その組み合わせによる最適化を図らなければ, 安定した減速機品質を確保することは難しく, 新興メーカーにはこのノウハウが不足している. これらの点は,減速機生産を支える日本の素材から部品加工に渡る,すべての関連産業が持つ高度に集積された高い技術力に支えられ, 長年培われてきたノウハウの塊であり, いずれも簡単に追いつける技術ではなく, すべての部品の調和によってのみ達成できる技術である. また, これらの品質を担保しつつ, 大量の減速機を適正なコストで生産することは, 一朝一夕ではできない実に奥深い技術の積み重ねである. この点で, 組み合わせ型の物づくりで先進国を猛追してきた新興メーカーでも, 簡単に追いつくことは容易ではないと思われる.

 

4.2  生産能力とフレキシブルな供給体制

産業用ロボットの生産は, 前述のとおり飛躍的に伸びており, さらにその用途が広がってきている. 以前は自動車産業の自動化の流れに乗って拡大を続けてきたが, 昨今はEMSをはじめとする電気・電子機器産業への加速的な広がりや, 新興国, 特に中国における労働力不足の問題から, 一般産業分野の搬送作業や組立作業向けにも増加している. また, 景気の変動が急激になってきたことから, ユーザの投資判断はどんどん遅くなってきており, ロボットの生産量の変動も急激になってきている. これに伴って, 減速機の需要変動はますます大きくなり, さらに短納期要求も強くなってきている. このようなロボットメーカーからの要求に対してタイムリーに応えることが不可欠であるが, その変動幅の大きさや生産品目の変化が激しく, この変動に対応しつつ高品質を維持し続けることは並大抵のことではない.

新興メーカーは,これらの生産能力とフレキシブルな供給体制を確保できておらず, しかも完成品の合格率が低いため, 品質を維持するために多大なる労力を使って生産している状態である. そのため, 需要変動や生産品目変化に追従できる体制になっておらず, 激変するロボットメーカーからの要求に応えることができていない. これに対して, 弊社では生産管理システムを独自開発し, 生産負荷の見える化や平準化, 調達先との同期化をコントロールして,需要変動と短納期要求に確実に応える生産体制を構築している. また, 生産品目の変動に対しても,フレキシブルに対応できる生産設備と生産管理システムを構築している. このような, 高品質な製品をタイムリーに顧客へ届けることができる生産体制は, 激変するロボット市場に対応していくためには不可欠である.

 

 

 

Figure  5: 動解析モデル

 

 

 

4.3  最適設計技術

設計技術においても大きな差が存在している. その一つとして挙げられるのは, 解析技術である.  5にその一例を示す. この解析は, ロボットアームを減速機に取り付けた状態でアームを振り降ろした際に, アーム全体が振動しながら停止する様子を動的解析技術でシミュレーションしたものである. この解析では, 動的な慣性力やアーム剛性, 減速機剛性, アームを止める際の速度指令の変化のさせ方を含めてすべてをシミュレーションに取り込んでおり, アームや減速機各部に発生する応力や変位の動的な変化を, 6のようにすべて再現することができる. この解析技術の開発によって, より詳細に減速機各部に加わる負荷を把握することができるようになり, 実際の使用条件を加味した各部品の最適設計が可能となった. その結果として, 現在の最新機種では,旧モデルに対して 7に示すようにトルク密度で約40%もの改善を実現し, 減速機の軽量コンパクト化を実現するとともに, ロボットのスリム化に貢献することができた. この解析技術はソフトウエアメーカーと弊社が共同で開発したものであり, この技術も容易に追従することはできない.

 

 

 

Figure  6: 各部の応力

 

 

 

 

 

Figure  7: トルク密度

 

 

また, 近年ではロボットの製造コスト削減のために, ロボットをロボットで組み立てる動きが活発化している. これにも減速機の設計が大きくかかわっており, ロボット各部の構造に適した減速機形状に設計する必要があるが, これはロボットメーカーとの詳細なすり合わせなしには達成できない. ロボットメーカーごとに設計の特徴があり, それに適した形状を実現しつつ, 減速機の生産性を担保した設計技術が必要である. この点においても弊社は, 長きにわたりロボットメーカーとのすり合わせを続けてきており, ロボット本体の設計意図を理解した減速機形状を提案し続けている. 一方新興減速機メーカーは,この点についての実績が浅いため, ロボットの設計意図を十分に理解しないまま設計されているものも多く, 技術的な競争力を有していないものもある.

 

 

 

Figure  8: ストライベック曲線

 

 

 

4.4  潤滑剤開発技術

減速機のもう一つの重要な要素として, 潤滑剤がある. この潤滑剤においても世の中に様々なものがあるが, ロボット用減速機に最適な潤滑剤はなかなか存在しない. ロボット用減速機は, その使用条件から特に潤滑状態としては 8に示す境界潤滑領域に属し, 通常の油膜厚さを確保する思想での潤滑剤では厳しい要求を満足できない. ロボット用減速機の潤滑剤に要求される性能は, 高面圧, 起動時から高速域まで, 広い温度範囲において, 高効率や長寿命, 耐漏れ性, 低騒音など多岐にわたる. この要求はその多くが排反事象であるために, 最適バランスを保つことが非常に難しい. 例えば, 低温時の効率を改善するためにオイルの粘度を下げた場合, ロボットが運転して温度が上がった際には油膜厚さが薄くなって潤滑不良を引き起こし, 寿命の大幅低下を招くといった具合である. そのため, 弊社では潤滑剤メーカーと共同で, ロボット用減速機に最適な専用グリスも開発している. このグリスと弊社の減速機の組み合わせにより, はじめてロボット関節を駆動するのに最適な製品を提供できているといっても過言ではない. この認識のないユーザは, メンテナンス時に潤滑剤を他の市販品等に変更されることがあるが, 当初の性能や寿命を達成できなくなる危険性が高い. そのため, 弊社では減速機と使用潤滑剤の組み合わせによる評価試験を実施しており, この組み合わせでのみ性能を保証する仕組みを取っている. また, この潤滑剤は減速機本体各部品の様々な設計仕様との相関が高く, これらのすべての要素がマッチしないと,その性能を発揮できない特性を持っている. したがって, この潤滑剤を他の減速機に使用しても所望の性能は達成できず, まさにすり合わせ技術によってのみ達成できる性能であり, 日本の得意分野であるといえる.

以上に述べた理由から, 現時点での新興メーカーのロボット用減速機は, 高度化するロボットのニーズに対し, 総合力の面で十分とは言い難いと考える.

 

5  今後のロボット用減速機の展望

産業用ロボットは, 今後さらにその用途が広がっていき, ますます使われ方が多様化していくことは明白である. その多様化に伴って, ロボットに要求される性能や機能も多様化しつつ, さらに過酷なものになっていくと思われ, それに伴い減速機に要求される性能もますます厳しくなると思われる. しかしながら, どんなロボットに対しても, 減速機の軽量コンパクト化や, 高精度化, 高剛性化, 長寿命といった要求はロボットの基本的な動作を支える性能であり, これらの性能のあくなき追求は今後も変わらず, これらを実現するために素材から潤滑までといった様々な要素技術開発がますます重要になっていく. 先に述べたとおり, ロボット用減速機は様々な要素技術が融合されたコンポーネントであり, これらの様々な技術を高い次元で使いこなし, それぞれのロボットに合わせるすり合わせ技術が不可欠であることから,これらを得意とする日本の物づくりが今後もその技術を高め, 世界で高い地位を築いていくことが可能であると考える.

 

6  おわりに

弊社の精密減速機“RV”は, 多くのロボットメーカー様からたくさんのアドバイスをいただいたことで誕生し, 進化させていただいた. これらの多大なるご支援をいただいたロボットメーカー様に深く感謝するとともに, 今後も引き続き技術力を高め, より高度化された減速機を供給させていただくことで, ロボット産業発展の一助となれれば幸いである.

 

 

安藤清(Kiyoshi Ando

1986年岐阜大学工学部精密機械工学科卒業, 1987年旧帝人製機株式会社(現ナブテスコ(株))入社, 1996年から同社技術本部にて真空ポンプ開発, 平成16年度優秀省エネルギー機器表彰制度経済産業大臣賞受賞, 2008年同社精機カンパニー開発部長, 2011年同社理事・精機カンパニー開発部長現在に至る. 精密減速機・精密アクチュエータ開発に従事.