2021年9月8日(水)から11日(土)にかけてオンラインで開催された日本ロボット学会第39回学術講演会のセッションレポートをお届けします.
今回レポートするのは2日目,9月9日に開催された一般セッション「1D1宇宙ロボティクス(1/2)」です.このセッションでは5件の発表が行われました.まずはその内容を簡単にご紹介いたします.
1件目は早稲田大学・東京工業大学・JAXAによる「ウインチと偏心車輪を用いて月縦孔壁面の探査を行う小型ロボットの耐衝撃性の向上に関する研究[1]」です.月面縦孔の探査を行う小型ロボットの耐衝撃性の向上を目的とし,樹脂やばねなどの弾性要素を持つ材料を用いて衝撃吸収性を持つ車輪を提案しています.
2件目はJAXAによる「Robotic Exoskeletons for Lunar Cave Exploration: Concept and Prospects[2]」です.人類の対象天体への定住のためのインフラを構築することを目的として大型のペイロードやBUを月の深い洞窟の底まで安全に輸送することのできる多ユニットロボット外骨格(MURE)の設計を検討しています.
3件目は九州工業大学による「把持力補償機能を有する四脚型ロッククライミングロボットの垂直登攀実験[3]」です.岩石質表面にある凹凸の把持を対象とした鉤爪型グリッパの把持力を補償する機能として,6軸力覚センサを用いたなぞり把持,掴みごたえ補償の2つの制御機能を提案しています.
4件目は中央大学・JAXAによる「跳躍移動機構における脚の伸張軌道が飛翔結果に及ぼす影響[4]」です.惑星探査ローバが不整地を移動するための問題を解決するべく跳躍高さや移動距離の値が大きい跳躍移動機構を提案しています.バッタ脚の動作を模倣したリンク機構となっており,直線や曲線の伸張軌道を作成するためにジョイント位置のパラメータ設計を行い,各脚の伸張軌道が飛翔結果にどのような影響を及ぼすのか検証しています.
5件目は慶応義塾大学による「Hardware-in-the-loop Simulatorを用いた車輪型移動ロボットの不整地走行解析と力学モデルのリアルタイムチューニング[5]」です.HILSを不整地における車輪走行に応用し,挙動検証手法としての有用性について実証しています.さらに,HILSを援用した車輪力学モデルのパラメータチューニングについて取り組んでいます.
この中で特に興味を持った1件目の「ウインチと偏心車輪を用いて月縦孔壁面の探査を行う小型ロボットの耐衝撃性の向上に関する研究」と3件目の「把持力補償機能を有する四脚型ロッククライミングロボットの垂直登攀実験」について詳しくレポートしたいと思います.
「ウインチと偏心車輪を用いて月縦孔壁面の探査を行う小型ロボットの耐衝撃性の向上に関する研究」(早稲田大学・東京工業大学・JAXA)[1]
近年,月面の縦孔という地形が月面基地建設の有力な候補地として注目されています.縦孔は壁面形状,温度,磁場分布など科学的な調査価値が高いうえ,地下空洞は温度変化が比較的小さく放射線や微小隕石からも免れることが可能と考えられているそうです.これまで主に月周回衛星
による調査が行われてきましたが,実際に孔内部へ侵入しての探査が望まれており,縦孔内部の探査プロジェクトが日本では“UZUME”という名称で計画されているとのことです.
本研究で想定されている探査形態を図1に示します.縦孔から100 [m]以上離れた地点から投てき機によってロボットを投てきし縦孔壁面へ着地させ,その後ロボットが縦孔壁面や地下空間の探査を行うとのこと.その際,ロボットは投てき後の着地時や探査時に衝撃を受けるといいます.しかし本研究チームが先行研究で作製した小型ロボット“WAPIT” (WAseda PIt exploringroboT)では耐衝撃性が考慮されておらず,探査中にロボットが破損し,ミッションの遂行が困難になる可能性があります.そこで本研究ではロボットの耐衝撃性を向上させることを目的とし,衝撃吸収性を持つ2種類の車輪を製作したそうです.図2,図3に実際に製作した車輪を示します.
一つ目のクッション型車輪は3Dプリンタで製作した車輪の縁に樹脂材を張り付けることで弾性を持たせ,衝撃吸収性を実現しています.耐熱温度と耐放射線を考慮した樹脂の選定が行われているので,月面環境での使用がしっかり想定されていると感じました.また評価実験では,シリコンゴムを張り付けた車輪で要求仕様の衝撃加速度を満たしていたので,シリコンゴムはより実用的な素材選定であったと感じました.
二つ目のフレーム型車輪は車輪側面に金属薄板を,車軸のアキシャル方向にばねを取り付けることで薄板とばねの変形によって衝撃吸収性を実現しています.評価実験では,ばね定数の異なる3つのばねを用いて行っており,ばね定数が一番大きい190 [N/mm]のばねを用いた車輪で要求仕様の衝撃加速度を満たしていました.しかし,いずれの車輪でもばねをガイドするための突起部分に亀裂が見られ,フレーム型車輪を実用化する際には更なる耐久性の向上が必要だと感じました.
所感としては,研究全体を通して実際の現場で使用することを想定とした工夫がたくさんなされており,従来と比べて耐衝撃性の高い車輪が開発されていたので,今後の実用化に向けた構想検討にとても期待しています.
図1 探査形態イメージ[1]
図2 クッション型車輪[1]
図3 フレーム型車輪[1]
「把持力補償機能を有する四脚型ロッククライミングロボットの垂直登攀実験」(九州工業大学)[3]
岩石質表面にある凹凸の把持を対象としたロボットハンドとして,指の先端に鉤爪を備えた鉤爪型グリッパが用いられており,凹凸壁面環境で探査を行うための多脚型ロッククライミングロボットに使用されています.筆者らの先行研究では鉤爪型グリッパの把持力を高めるための手法として,表面をなぞるようにグリッパを一定距離動かすことで,引っかかりに適した凹凸を捉える「なぞり把持」の提案が行われました.ここで,この機能をクライミングロボットの登攀実験に拡張するためには,ロボットの落下を防止するために, 登攀の継続に必要な把持力をグリッパが出せていることを,グリッパが表面を把持した際に都度補償する必要があるのだそうです.そこで,筆者らは把持力の補償を実現する方法として,ロボットアームとグリッパとの接続部分に6軸力覚センサを設け,グリッパが把持対象物を把持しているとき,ロボット本体の移動を支えられるだけの把持力があるか,引っかかりに利用した凹凸が把持に耐えられるだけの強度があるかといった「掴みごたえ」を事前に確かめることで把持力を保証する方法を提案しました.
図4に示すように,力覚センサを鉤爪型パッシブグリッパに組み込み,グリッパにかかる力を読み取ります.これらの力に対して閾値を設定することで,引っかかりの判定を自動で行いつつ,強固な把持状態を実現できるそうです.
実験では前述した「なぞり把持制御」と「掴みごたえ補償機能」を有する四脚型ロッククライミングロボットを用いて,凹凸垂直壁でのロッククライミングを実証していました.セッション発表の際にそちらの動画も見させていただき実機がしっかりと登攀している様子が確認できました.鉤爪先端にセンサを取り付けたりしなくてもなぞり把持制御によってしっかりと凹凸をつかめていてグリップとしてとても性能のいいものに感じました.
今後は実験環境を屋外自然環境に拡張し,実証試験を行い,ロボット制御の自律化にも取り組んでいくとのことだったので更なる装置性能の向上に期待しています.
図4 鉤爪型パッシブグリッパの外観[3]
以上,「1D1宇宙ロボティクス(1/2)」のセッションレポートでした.最先端の技術を応用したロボットの事例をたくさん知ることができたのでとても貴重な経験になりまた.どの研究も今後の展望に期待しています.私はこのほかにも「1J4アクチュエータ」のセッションレポートも担当しているのでそちらも是非ご覧ください.
参考文献
[1] 永井涼太,松広航,NuNuwin,鈴木滋英,野田慶太,菅原雄介,春山純一,高西淳夫,石井裕之:“ウインチと偏心車輪を用いて月縦孔壁面の探査を行う小型ロボットの耐衝撃性の向上に関する研究”,日本ロボット学会第39回学術講演会予稿集,1D1-01,2021.
[2] Stephane Bonardi,Toshihisa Nikaido,Takashi Kubota:“Robotic Exoskeletons for Lunar Cave Exploration: Concept and Prospects”,日本ロボット学会第39回学術講演会予稿集,1D1-02,2021.
[3] 川野智博,木村遼哉,川口大輝,永岡健司:“把持力補償機能を有する四脚型ロッククライミングロボットの垂直登攀実験”,日本ロボット学会第39回学術講演会予稿集,1D1-03,2021.
[4] 峰岸理樹,前田孝雄,坂本康輔,國井康晴:“跳躍移動機構における脚の伸張軌道が飛翔結果に及ぼす影響”,日本ロボット学会第39回学術講演会予稿集,1D1-04,2021.
[5] 石川空,石上玄也:“Hardware-in-the-loop Simulatorを用いた車輪型移動ロボットの不整地走行解析と力学モデルのリアルタイムチューニング”,日本ロボット学会第39回学術講演会予稿集,1D1-05,2021.
鵜澤匠吾 (Shogo Uzawa)
2022年中央大学理工学部精密機械工学科卒業予定.2022年中央大学大学院理工学研究科精密工学専攻博士前期課程進学予定.蠕動運動型ポンプを用いた宇宙トイレの研究開発に従事.日本ロボット学会学生編集委員.
日本ロボット学会誌40巻6号に掲載