本座談会記事は日本ロボット学会誌41巻8号特集「JST ACT-X AI活用で挑む学問の革新と創成」に掲載されています。本領域の概要についてや研究解説記事が特集されていますので、こちらも是非ご覧ください。
1.はじめに
本座談会は JST ACT-X AI活用で挑む学問の革新と創成に採択され,研究に励んでいる学生に焦点をあてたものである.JST ACT-Xは学生の身分でも応募が可能となっており,日本学術振興会の特別研究員(以降,学振)と兼ねることも可能である.学生の身で研究費を自身で獲得し,プロジェクトを推進していくということについて様々な意見が飛び交い,活発な座談会となった.下記より,内容を紹介する.なお,本座談会は2023年2月22日に実施されたため,学年や所属はその当時のものである.
図1 Group photo; From left to right: Nishimura, Abe, Shi- mada, Amino, Kuromiya, and Hieida
2.座談会内容
2.1 自己紹介と研究概要
[日永田] それでは自己紹介と研究概要をお願いします.
[島田] 2期生(2021年度採択)の東京大学博士1年の島田です.採択時は修士2年でした.公衆衛生という社会から見た健康の中で,政治学的要因とか行政官僚制といったような政策の働きが,健康にどのような影響を与えるのかというのを定量化する研究をしています.
[黒宮] 1期生(2020年度採択)の京都大学博士3年の黒宮です.僕は教育のエビデンスシステム構築というタイトルで研究を実施していて,主に教員の実践値とか,どういう指導が良いのかというのをデータとして蓄積していけるようなシステムを作っています.
[安倍] 2期生の早稲田大学博士1年の安倍です.機能性分子を綺麗に並べた薄膜を作りたいというのが目標で,実験パラメータなどを機械学習で最適化して,効率よく所望の薄膜をつくるための研究をしています.
[網野] 2期生の東京大学博士2年の網野です.チョウの「擬態」という現象に注目して研究しています.「擬態」とは,毒を持たない種が,毒を持っていて危険な種に姿形を似せることで捕食者を騙して生き延びる戦略ですが,私は鳥による識別実験の結果などを用いて画像認識 AIを補正することで,捕食者の視点から擬態の度合いを定量化をすることを目的としています.
[西村] 2期生の九州大学博士2年の西村です.深層学習を用いた画像認識手法の学習に必要な学習データを削減するための研究をしています.従来だと,人が画像認識のためにアノテーションを大量に付与していたのですが,必ずしもアノテーションを付与しなくても応用分野では簡単に取得できるラベルがあるので,そのラベル活用して画像認識できないかという研究です.
2.2 ACT-X に採択されるまで
[日永田] 自分でアイディアをまとめて,予算申請書を書くと言った経験もあまり無かったのではないかなと思うのですが,採択されるまでで苦労した点を教えてください.
[西村] 学振はネットにある情報を参考にしながら書いたのですが,ACT-Xの書き方は,見本がなくて苦労しました.でも指導教員が,学振と違って,領域目標というのがあるから,それに沿って書くといいよとアドバイスしてくれて,何度も書き直して仕上げました.
[網野] 僕も申請書を書くのには苦労しました.情報学が専門ではなくて,徐々に学んでいるところだったので,添削してくれた先生には「自信のなさが出てる」といわれました.なので,知らないからこそ,この領域で教わるというつもりで申請書や面接に臨みました.
[島田] 僕は面接も苦労しました.色んな角度から炎上して絶対落ちたと思いました.
[日永田] 面接の準備などはどうしましたか?
[西村] 九大は面接練習を大学がしてくれました.
[安倍・黒宮] うちもそれありました.
[網野・島田] ない・・・・・・.
[安倍] 早大には予算申請をサポートする制度があるのですが,そういう情報は学生に連絡が来ないことも多いので,指導教員が転送してくれました.
[日永田] 有用な情報が届かないというのは結構問題ですね.
[西村] 申請書の提出も学生で研究者番号がないので,指導教員の先生に代わりにしてもらう形でした.
[網野] 僕は研究者番号持ってますね.大学に言って発行してもらいました.
[島田] え,同じ大学ですけど,僕はできないっていわれました.
[黒宮] 結構事務手続きでも違いがあるんですね.僕は指導教員の番号で予算執行をしているので,物品の管理者が指導教員の名前になっているんですよね.
[日永田] それは移管とかになったら面倒そうですね.こういうところで話さないとわからなかった.
[安倍] 物品とか申請の話も含めて,やっぱり指導教員の理解と協力がないと応募できないなと思います.
2.3 ACT-X に採択されてから
[日永田] それでは採択されて良かった点,苦労している点について教えてください.
[島田] 僕はAI についてよく知らなかったのですが,國吉先生がAIを広く捉えていて計算社会学的なところも入りますよと,その上で更に発展的なことはこのコミュニティで教えてもらえるから大丈夫だよと.苦労しつつも勉強できて良かったと思います.苦労している点は ACT-Xのテーマと博士論文のテーマとはほとんど別になっているので,ダブルワークになっているところですかね.
[黒宮] 僕も博士の研究とはオーバーラップはしてますが,ダイレクトに繋がっていないので,ダブルワークとはいかないまでも負担はあったと思います.あとは領域会議の準備が僕にとってはすごく大変で苦労したなと思いますけど,すごく色んな視点からアドバイスもらえて良かったなと思います.
[安倍] バックグラウンドが違う方と会えるのはすごく楽しいです.あと,この領域では学生でも一人の研究者として接してくださる方が多いのもいい所だと感じてます.
[網野] 僕は申請書で挑戦的なこと書きすぎたので,実際やってみると難しくて苦労してます.あとは他分野の方々の研究費の使い方が結構違っていて,カルチャーショックというか良い意味でこういう方法もあるんだって知れて良い機会を得られています.
[西村] 専門分野の違う人にどう伝えれば面白く伝えられるんだろうというのを考えるのは結構苦労しましたね.領域会議とかで共同研究したいですねという話がでるんですけど,いつもそれで止まってしまって実現するに至ってなくて,砕けた話ができる場がほしいなと思っています.
[島田] 僕も予算の積み上げ方を知らなくて,税金だからと申請できる金額の上限まで申請しなかったら,今研究に必要な経費が足らなくなって困ってるので,必要な情報が手に入るシステムとか話せる場があるといいなと思ってます.
[日永田] この座談会自体も情報共有として良い機会になりそうですね.ダブルワークという話もありましたが,学振とACT-Xを両方採択されている人は,どのように分けてますか?
[黒宮] 僕は学振の方はフリーで自分のやりたい研究をして, ACT-X の方はテーマに合わせた形でやれるようにしています.
[西村] 学振だと自分がこうしたいからでいいような気がするんですけど,ACT-Xはテーマもそうだし,社会貢献とかそういった方向性が必要な点が結構違うなと思っています.
2.4 将来目指すもの
[日永田] 皆さんが現時点で将来どう考えているのかっていうところについてお伺いしたいなと思います.
[西村] 企業かアカデミックかで区切らずに,オープンマインドな研究者になりたいと思っています.
[網野] 研究者として,学生への指導などを通じて周りに良い影響を与えられる人材になりたいです.
[安倍] 自分で研究テーマを考えて推進していって,将来は海外で研究者になりたいです.
[黒宮] 面白いと思うことをしていたい.新しい世界に行きたくて,4月からエンジニアとして企業で働くことにしました.
[島田] 今すごく研究が楽しいので,研究者として研究の楽しさを共有して,後続が続けるように整備していきたいです.
2.5 大学院生へのメッセージ
[日永田] 最後に進学や予算申請を検討している大学院生のみなさんにメッセージをお願いします.
[島田] 世間でいわれているほど博士課程はしんどくないので,もし少しでも興味を持ったら挑戦する価値があると思います.アカデミアは自分でがんばろうと思ったときに受け入れて支えてくれる環境だと思います.
[黒宮] ACT-Xへの申請は研究書類書く練習になるので,とりあえずでもいいからどんどん挑戦してみるのをおすすめします.
[安倍] 頑張りたいとおもったときには進学したほうがいいと思います.予算申請は出してみないとはじまらないので是非挑戦してほしいです.
[網野] いざ申請書を書こうと思ったとき,学生だとスカスカになりがちな業績欄を前にすると自信を失うかも知れませんが,自分のテーマの面白さを信じて書いてみてください.
[西村] 自分の研究計画を考えるという経験は,研究者として生きるなら必要な力です.普通に博士課程を卒業するには必要ないかもしれませんが,自分のプロジェクトを考えてみると面白いと思います.
3.おわりに
座談会の中では多くの「挑戦」が語られ,「挑戦」をしてきたからこそ,この場にいるのだと強く感じた.ここで語られた経験が新たな世代の有用な情報になることを祈るとともに,学生たちの輝かしい将来を期待する.
謝辞 本座談会は JST,ACT-X,AI活用で挑む学問の革新と創成の支援を受けたものである.
日永田智絵(Chie Hieida)
2016年,日本学術振興会特別研究員(DC1).2019年,電気通信大学大学院情報理工学研究科機械知能システム学専攻博士後期課程単位取得済退学.博士(工学).同年,大阪大学先導的学際研究機構付属共生知能システム研究センター特任研究員を経て,現在,奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科情報科学領域助教.感情発達ロボティクスの研究に従事.(日本ロボット学会正会員)
黒宮寛之(Hiroyuki Kuromiya)
2019年, 東京大学大学院教育学研究科身体教育学コース修了. 修士(教育学). 現在, 京都大学大学院情報学研究科社会情報学専攻博士後期課程に在籍. ラーニングアナリティクス, 教育情報学の研究に従事.
安倍悠朔(Yusaku Abe)
2022年,早稲田大学大学院創造理工学研究科総合機械工学専攻修了.修士(工学).現在,早稲田大学大学院創造理工学研究科総合機械工学専攻博士後期課程に在籍.熱流体計測,機能性薄膜,データ駆動科学の研究に従事.
網野海(Kai Amino)
2021年,東京大学大学院農学生命科学研究科生産・環境生物学専攻修士課程修了.修士(農学).同年,日本学術振興会特別研究員(DC1).現在,東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程に在籍.昆虫の生態学を中心に研究.
島田裕平(Yuhei Shimada)
2021年,東京大学大学院医学系研究科特任研究員.2022年,東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻専門職学位課程修了.公衆衛生学修士(専門職).同年,国立国際医療研究センター特任研究員. 2023年,国立保健医療科学院協力研究員.現在,東京大学大学院法学政治学研究科博士課程に在籍.日本型福祉国家の政治行政学的要因の解明に取り組む.
西村和也(Kazuya Nishimura)
2021年,九州大学システム情報科学府情報理工学専攻修士課程修了.修士(工学).同年,日本学術振興会特別研究員(DC1).現在,九州大学システム情報科学府博士課程に在籍.バイオメディカル画像の画像認識の研究に従事.