1. はじめに
2022年9月5日から9日にかけて東京大学本郷キャンパス(東京都文京区)にて開催された第40回日本ロボット学会学術講演会セッション参加レポートをお届けします.
2. セッション
今回レポートするセッションは9月8日の午前に開かれた「4K1: ソフトロボティクス(2/3)」です.コロナ禍における久しぶりの現地開催ということもあり,椅子や机の消毒が求められる中,会場には多くの聴講者が集まっていました.特にこのセッションは分野を横断した技術的な内容であることもあり,100人近くという多くの聴講者が参加していました.そのため,ソーシャルディスタンスを意識して椅子には座らず立って聴講する人も多くいました.このように大変活気のある会議であったと感じました.それでは,このセッションの概要を説明いたします.
このセッションでは合計8件の発表が行われました.
1件目は名古屋工業大学・秋田大学の研究グループによる,「圧力分布型ウェアラブル硬さセンサのための触覚フィードバック機能の付与」です.この発表では,子宮頸管の硬さ計測における安全な触診や妊婦の負担の軽減を目的とした圧力分布型ウェアラブルセンサの押し込み力制御に対する空気圧フィードバックシステムの開発について報告しています.
2件目は筑波大学の研究グループによる,「弾性ロッドを利用した大変形6軸力覚センサ」です.この発表では,大変形の程度によらず一般的に適用可能な,大変形力覚センシング手法の基盤を構築することを目的とした,「やわらか6 軸力覚センサ」を提案しています.
3件目は九州大学・株式会社デンソー・宮崎大学・豊橋技術科学大学の研究グループによる,「回転型釣糸人工筋肉アクチュエータの拮抗型合トルク制御」です.この発表では,拮抗配置した回転型の釣り糸人工筋肉TPFAの両端発生トルクを電熱線の抵抗値変化から推定するモデルを構築し,両端トルクの差分として得られる合トルクをセンサレスで制御する手法を提案しています.
4件目は東京工業高等専門学校の研究グループによる,「空気圧ゴム人工筋の回転軸巻き付け配置によるロータリーアクチュエータの開発」です.この発表では,省スペース化および軽量化を目的として,回転軸に巻き付けたロータリーアクチュエータを提案しています.
5件目は産業技術総合研究所の研究グループによる,「温度・圧力変化によって運動方向を切り替え可能なソフトアクチュエータの運動解析」です.この発表では,単純な構造で曲げ方向を切り替えることを目的とした水の温度特性により屈曲するソフトアクチュエータのモデルを提案しています.
6件目は東北大学の研究グループによる,「弾性履帯の適応変形により高走破性を実現する単輪クローラ機構-非線形梁に基づく大変形解析-」です.この発表では,著者らが先行研究において提案してきた弾性を有する履帯を単一の車輪で駆動する「単輪クローラ機構」の移動メカニズムを解明するために非線形梁に基づく解析の結果について報告しています.
7件目は東京工業大学の研究グループによる,「ソフトテンセグリティーロボットの地中移動実験」です.この発表では,著者らが開発してきた大きく変形するテンセグリティーからなるインチワーム型のテンセグリティーロボットの自然環境への適応性を確認するため,地中移動実験の結果について報告しています.
8件目は東京工業大学・法政大学・慶応大学の研究グループによる,「摘便シミュレータの開発」です.この発表では,訓練用の摘便シミュレータのモデル提案と,開発した実機の動作試験の結果について報告しています.
これらの中から,私が特に興味を持った2件目の「弾性ロッドを利用した大変形6軸力覚センサ」,4件目の「空気圧ゴム人工筋の回転軸巻き付け配置によるロータリーアクチュエータの開発」と7件目の「ソフトテンセグリティーロボットの地中移動実験」について詳しくレポートします.
2.1 「弾性ロッドを利用した大変形6軸力覚センサ」(筑波大学)
この発表では,弾性ロッドを用いた大変形を利用した6軸力覚センサの開発について報告しています.まず初めに,提案されたセンサの機構をFig. 1に示します.アーチ状の弾性ロッドの両端が6軸力覚センサに固定された機構となっています.弾性ロッドの一端に力が作用した場合に,6軸力覚センサの計測値から,その力の作用点と大きさ,そして向きが推定できるという優れものです.
発表では,この6軸力覚センサにおける力の作用点と大きさ,そして向きを推定するためのモデルについて説明されました.このモデルは,ロッドの弾性や形状を考慮に入れ,拘束条件に工夫が加えられました.
Fig. 2に弾性ロッドによる大変形を利用した6軸力覚センサにおける実験の様子を示します.また,シミュレーションによる解析の結果のイラストも同時に表示されています.Fig. 2に示すように,実機につるした錘に作用する重力の大きさ,作用点,そして力の向きが精度よく推定されました.
発表における質疑でも関連する内容があげられましたが,発表者らによると,力の向きや大きさ,作用点の推定ができない条件があるとのことです.例えば,2点以上に力が作用する場合,一部のロッド形状を再現できないとのことです.さらに,Fig. 2に示されるように,推定された解析モデルに不連続な部分が見られました.発表者によると,モデルの条件においてロッド自身の重力による影響を無視したことなどが影響しているのではないか,とのことでした.しかしながら,発表においてセンサとシミュレータの動作を同時に見たところ,開発されたシミュレータは幅広い作用力の推定に適応しているように感じました.
以上のように,大変形を考慮した力覚センサについて精度よく推定可能な機構の提案がされました,今後,適応可能な条件が明確にされ,さらに幅広く利用可能な機構が提案されることが期待されます.
Fig. 1 提案システムの概要図(予稿原稿 [2] より転載)
Fig. 2 検証実験の様子(左:実際の装置,右:推定結果)(予稿原稿 [2] より転載)
2.2 「空気圧ゴム人工筋の回転軸巻き付け配置によるロータリーアクチュエータの開発」(東京工業高等専門学校)
この発表では,細い空気圧人工筋肉(以下,細径人工筋肉と呼ぶ)による大きな変形(人工筋肉の収縮長さ)をコンパクトな機構で実現することで,プーリの可動域を増加させるような拮抗駆動関節の開発について報告しています.
ここで前提として,人工筋肉は一般的に収縮部長さの20-40%の収縮長さを生み出します.したがって,収縮長さを増加させるには,人工筋肉の長さを増加させることが重要になります.しかしながら,単純に収縮部の長さを増加させた人工筋肉を機構へ取り入れた場合,大きな空間が必要になり,細径人工筋肉の利点を生かせません.
そこで,発表者らは,小さな空間において人工筋肉の収縮部長さを長くする拮抗関節について提案しています.提案された機構の試作機をFig. 3に示します.
Fig. 3に示すように,柔軟性の高い細径人工筋肉をプーリ関節に直接巻き付けることで,小さな空間においても人工筋肉の収縮部を長くする方法を提案しています. Fig. 4に示すように,この機構を用いることで,プーリの大きな回転を生み出すことに成功しています.しかしながら,本機構では,人工筋肉とプーリの摩擦や人工筋肉同士の摩擦が作用することから,単純に人工筋肉の巻き数を増やすのみでは,人工筋肉の収縮部長さをさらに増やすことは難しいとのことでした.
以上のように,提案させた機構が空気圧人工筋肉の特長である軽量・高出力であることに加え,省スペース化も可能にする機構として様々なロボットに応用されることが期待されます.著者も同様の細径人工筋肉を利用したことがあります.発表者と同じように,細径人工筋肉の柔らかさを利用して大きな収縮部長さを小さな空間で実現する方法を探索する時期もありました.この発表において,実機の開発の結果をまとめていただき,またその課題についても明確に述べられたことから,この研究が幅広く利用されることに期待できると思いました.
Fig. 3 試作機の外観.(予稿原稿 [4] より転載)
Fig. 4 ロータリーアクチュエータの回転の様子.(予稿原稿 [4] より転載)
2.3 「ソフトテンセグリティーロボットの地中移動実験」(東京工業大学)
この発表では,ソフトテンセグリティーロボットによる地中移動実験の結果について報告しています.従来の研究では,地中に空いた穴のような複雑な形状環境の状態認識は困難でした.この研究の最終目標は,地中の形状や内部の状態の認識することにより生物が作った巣の形状などを推定することです.そこで,発表者らは,テンセグリティーに着目しました.テンセグリティーとは圧縮力を受けるストラットと引張力を受けるケーブルから成る立体的な構造です.また,ラバーセンサーとRecurrent Neural Network (RNN) を用いることでテンセグリティー構造の形状認識ができることが示されています.そこで発表者の研究チームは,先行研究において,テンセグリティー構造を大きく変形させる“4/3 muscle winding”を提案し,その大変形を利用したインチワーム型のテンセグリティーロボットを開発しました.
提案されたインチワーム型ロボットをFig. 5に示します.
このように複数の空気圧人工筋肉と柔軟なテンセグリティー構造を組み合わせたロボットです.人工筋に空圧を印加し,このロボットの変形を制御することでロボットが地中内部を移動します.この移動においてロボットの形状を推定することで,地中内部の形状を推定することになります.この発表ではまずロボットの移動性能について着目しています.そこで,ロボット機構の説明に加えて,Fig. 6に示すような地中の実地試験の結果について報告されました.屋外の地面に穴を掘り,ロボットにより地中の移動検証がされました.ロボットを構成する人工筋肉の破損などもあったようですが,地中内部の移動が実現されました.
利用された多自由度型の移動ロボットは,設計プロセスの固まっていない開発過程においては,組み立てに多大な時間を要し,かつメンテナンスも難しいと思います.しかしながら,この報告では実地の試験まで行っており,実環境においてロボットの実用性について議論していることから,非常に価値がある結果と思います.したがって,今後,このようなロボットの保守性などについても議論がなされることが期待されます.
Fig. 5 テンセグリティー構造を連結させることで製作されるテンセグリティーロボットの全体図(予稿原稿 [7] より転載)
Fig. 6 テンセグリティーロボットが構造の柔らかさによって地中においても環境に沿って移動することができる様子.(予稿原稿 [7] より転載)
3. おわりに
以上で「4K1:ソフトロボティクス(2/3)」のセッションレポートを終わります.この他にも,「4K2:ソフトロボティクス(3/3)」「4E3:生物模倣ロボット」のセッションについてもレポートしていますので,そちらも是非御覧ください.
また,本セッションにおける発表の様子をFig. 7に示します.Fig. 7のように発表者がスクリーンの横に立ちレーザーポインタなどでスクリーンを指しながら説明するような,コロナ禍以前と同様な発表形式となりました.Fig. 7に写る発表者は高専の学生であり,感染対策をしつつこのような若手の研究者に対面での議論の場を準備してくださった大会運営の方々には,同じく学生として感謝いたします.
Fig. 7 会場における発表の様子.(4件目の発表:坂本隆成「空気圧ゴム人工筋の回転軸巻き付け配置によるロータリーアクチュエータの開発」)
参考文献
[1] 有働智洋,三浦広志,寺田幸弘,田中由浩,“圧力分布型ウェアラブル硬さセンサのための触覚フィードバック機能の付与,”日本ロボット学会第40 回学術講演会予稿集,4K1-01 , 2022.
[2] 水川友志,望山洋,“弾性ロッドを利用した大変形6軸力覚センサ,”日本ロボット学会第40 回学術講演会予稿集,4K1-02, 2022.
[3] 吉田優太郎,林亮,,舛屋賢,高木賢太郎,有田輝,田原健二,“回転型釣糸人工筋肉アクチュエータの拮抗型合トルク制御,”日本ロボット学会第40 回学術講演会予稿集,4K1-03 , 2022.
[4] 坂本隆成,原口大輔,“空気圧ゴム人工筋の回転軸巻き付け配置によるロータリーアクチュエータの開発,” 日本ロボット学会第40 回学術講演会予稿集,4K1-04, 2022.
[5] 田中勝,山本知生,神村明哉,“温度・圧力変化によって運動方向を切り替え可能なソフトアクチュエータの運動解析,” 日本ロボット学会第40 回学術講演会予稿集,4K1-05 , 2022.
[6] 小澤悠,渡辺将広,多田隈建二郎,田所諭,“弾性履帯の適応変形により高走破性を実現する単輪クローラ機構-非線形梁に基づく大変形解析-,” 日本ロボット学会第40 回学術講演会予稿集,4K1-06 , 2022.
[7] 小林亮太,難波江裕之,遠藤玄,鈴森康一,“ソフトテンセグリティーロボットの地中移動実験,” 日本ロボット学会第40 回学術講演会予稿集,4K1-07 , 2022.
[8] MAO ZEBING,植田 大輝,難波江 裕之,前田真吾,Young ah Seong,藤枝 俊宣,多田隈 建二郎,澤田 秀之,宮川祥子,鈴森康一,“摘便シミュレータの開発,” 日本ロボット学会第40 回学術講演会予稿集,4K1-08 , 2022.
伊藤文臣 (Fumio Ito)
2021年中央大学大学院博士前期課程修了後,同大学博士後期課程入学.同年より日本学術振興会特別研究員 DC1,日本ロボット学会学生編集員.現在に至る.
生物を規範とした外骨格型の瞬発力発生機構や,蠕動運動を利用したミミズ型管内移動ロボットに関心を持つ.
IEEE graduate student member,日本機械学会学生会員.