2023年度 ロボットの法及び倫理研究専門委員会 活動内容レポート
京都大学 稲谷龍彦
本年度のロボットの法及び倫理研究専門委員会においては、本委員会の複数のメンバーが参加するJST RISTEX-HITE「マルチ・スピーシーズ社会における法的責任分配原理」の研究成果報告会を2023年9月6日に京都大学時計台国際ホールIIIにおいて開催した。この研究PJの概要は、人と自律的な機械(特に自動運転システム)が協調動作した際に、その協調動作が人の認知や主体性感覚に与える影響や、協調動作によって引き起こされた事象に対する社会的な認知などを、認知科学及び文化人類学の手法を用いて定量的・定性的に把握し、その結果に基づいて、あるべき法制度のあり方を考察することを、日英共同で目指すというものである。
成果報告会では、まず、いわゆる低出現頻度効果によって、自律的な機械の性能が向上すればするほど人の注意水準が不可避的に低下し、それを回避するための有効な方法やインターフェイスを構築することが現時点では難しいため、たとえ人と機械の協調動作中に事故が生じ、その事故が一見人の側の「過失」に基づいているように見えたとしても、人の側に法的責任を負わせる仕組みを運用するだけでは、システム全体としての安全性の向上には繋がりにくいという研究成果が報告された。これは、現在の過失責任法制(あるいは製造物責任法制)では、このような複雑なシステムの適切なリスクマネジメントを行うことが困難であることを窺わせる事象であるといえる。
また、自動運転システムによって生じた事故の社会的な受け止めについては、全体論的に世界を認知する日本人と、分析的に世界を認知する英国人との間で非難感情の帰属に差が生じていることが示された。これは、従来の個人責任を中心とする分析的な責任理論が日本人の世界観と適合していないこと、また、その結果として後知恵バイアスが酷くなっている可能性があること、さらに、先述したシステムの安全性の改善という観点からは、全体論的な世界観に基づいて責任を分担する仕組みの方が機能的にも社会受容性の観点からも上手くいく可能性を示唆するものであるといえる。
さらに、自動運転システムが交通法規などの人の法に従わないことについて必ずしも否定的な評価が示されないことも紹介され、しばしば自動運転システムに人の法の遵守を求め、結果的に不必要・不適切な開発基準となる可能性が指摘されている現在の法整備に関する議論状況に一石を投じるものとなった。
最後に、法制度の今後のあり方として、設計主義的に予め理想となりうる社会状態を措定して、そこに向けて人々の遵守すべき法を定立するという、従来のウォータフォール型のガバナンスシステムではなく、変化する状況に、適切な範囲の利害関係人と共に迅速に対応することを基本とするアジャイル型の法制度とそれを実現するための新たな責任法制度が低賛された。
このように、研究成果報告会では、ロボットの法及び倫理に関する研究に大きな貢献をなしうる報告がなされたといえる。