1 はじめに
2024年9月3日から6日にかけて大阪工業大学梅田キャンパスにて開催された第42回日本ロボット学会学術講演会のセッションをレポートする. 本レポートでは,大会3日目に開催されたオーガナイズドセッション,介護とロボティクスのうちの2番目のセッション,計7件の発表を取り上げる.本セッションは成功事例だけでなく経験事例を積極的に共有すること,ロボット工学の研究者だけでなく,介護経営者や職員,医学や社会福祉学などの研究者,関連企業のエンジニアなどが分野を超えて集い議論することを目指しており,介護ロボット研究専門委員会によりオーガナイズされた.本稿では発表の概要をまとめ,特にどのような応用が期待されているかという観点からレポートする.
2 発表内容
2.1 上肢運動支援における物理支援とVRイリュージョンの統合[1]
アシスト力からの物理的支援とvirtual reality (VR) により結果を拡張するVRイリュージョン支援を統合し,自己効力感を向上させるシステムが提案された.自己効力感とは,自分自身の将来の行動の実現を信じることができるという信念の感覚である.自己効力感を向上させることで患者の機能改善を促進できるということが知られている.ボッチャをプレイする被験者の動きを物理的に支援するための空気人工筋アクチュエータと,ボウルの投球速度を改変することができるVRによるpositive illusionシステムを組み合わせたシステムが提案された.予備実験では,それぞれのアシストを単体で用いる手法より,二つの手法を融合させる提案手法の方が,自己効力感やモチベーションが向上する可能性が示唆された.
自己効力感を高めていくことでやる気を引き出すシステムは,介護現場のみならずリハビリやスポーツトレーニング,体育をはじめとした教育現場など幅広い分野への応用が期待できるのではないかと感じた.
2.2 筋疲労が腰痛リスク低減動作姿勢に与える影響[2]
介護・看護での腰痛問題の解決に向け,筋疲労と腰痛との関連性を明らかにすることを目指した発表である.重量物持ち上げタスクを行った際の作業姿勢の変化と筋疲労の蓄積関係を解析し,筋疲労蓄積により無意識に深い前傾姿勢をとるようになり,腰部への負荷が大きな,ボディメカニクスの観点で推奨されない不良姿勢を取りうる傍証が得られた.実験はワイヤレス表面筋電位センサやウェアラブルモーションキャプチャシステムを組み合わせて行われ,今後は筋疲労の状態や姿勢の変化のリアルタイムモニタリングシステムおよび不良姿勢防止システムの提案に取り組むとのことである.
正しい姿勢をとることを促すシステムが実用化されれば,介護現場のみならず,私たちの日常生活においても正しくない姿勢をとった際,その姿勢を改善するように促し腰痛を予防することができるウェアラブルシステムの実現につながるのではないかと感じた.
2.3 分枝型アームロボットによる片麻痺患者へのズボン着衣支援の実現[3]
片麻痺患者のズボン着用を支援するためのロボットシステムが提案された.椅子に座っている状態から,裾通しやウエスト引き上げ等の動作を行う介助者の支援動作を分析し,それを再現するためのロングリーチのアームの途中に小型のアームを取り付けた分枝型アームロボットが設計され,一連の着衣支援の実例が示された.今後は人の姿勢推定や力センサを用いた制御による協調的な着衣支援を目指すとのことである.
ロボットシステムを用いて,人々の負担を低減することが重要であるのはもちろんのこと,その装置を導入する施設の負担が少ないことも重要である.分枝機構を採用することで双腕システムと同等の支援が可能である本システムは装置の小型化に貢献しており,価格面でも有利となり介護現場への普及の促進に貢献するのではないかと考える.
2.4 空気クッションの圧力を利用した電動車いすの体動操作機構の開発[4]
ハンズフリーでの電動車椅子操作を可能にすることを目指し,体動により車椅子を操作するシステムが提案された.車椅子の座面に3つ,背面に1つ空気圧センサが搭載された空気クッションが取り付けられている.背もたれと座面前面のクッションの空気圧の差により前後方向に,座面の左右に取り付けられたクッションの空気圧の差により左右方向に操作することができ,左右の車輪への入力値はファジィ制御により求められる.傾斜のついた路面への対応が今後の課題とのことである.
本発表では車椅子を操作する方法として,手による操作ではなく体動を利用する方法が提案された.このように,代替操作方法を用意することで,様々なニーズに対応することができ,空気クッションのように改造が容易なシステムの開発が進むと利用者の幅をより広げることにつながるのではないかと感じた.
2.5 深層予測学習に基づく体位変換介助動作生成に関する研究[5]
人型ロボットを用いて,ルールベースではなく,適応的な力制御を行う動作生成手法を確立させるため,深層予測学習モデルEIPLと関節状態の注意機構に基づく体位変換の動作生成手法が提案された.実験では3つの未知の条件を含む6つのベットの高さ条件で,マネキンを用いた体位変換タスクが実施され,未訓練ベッドの高さ条件においてマネキンの姿勢を仰向けから座位に変える支援動作を生成することに成功したと報告された.
人に対して支援を行うロボットには安全さが求められる一方,様々な条件に適応する必要があり人間による教示には限界がある.対象部分へは適切な力を印加し,非対象部分には強い接触を避けることを目指した本システムのように,ロボットが自律的に動作や力を制御することで介護をする人の負担を低減することにつながると考えた.
2.6 Seq2seq with attention model を用いた垂直足圧成分による推進力成分の推定 ~日常的な歩容の個別性を考慮した歩容解析システム:Gait-Print Systemの実現に向けて~[6]
ウェアラブルセンサで計測可能な垂直方向の床反力データを用いて剪断方向の推進力成分の時系列データを推定する仕組みが提案された.提案手法はlong short term model (LSTM) を用いたseq2seq modelとattention機構を組み合わせた,自然言語処理などで発達してきた時系列データから時系列データへの変換モデル,seq2seq with attentionモデルが用いられた.垂直方向の床反力による推進力の時系列データ推定の可能性が検証できた一方,歩行機能の低い被験者に向けた新たな歩行指標を構築することが今後の課題とのことである.
本提案は歩行の質を評価し本人や療法士,介護士にフィードバックするシステムの実現に向けたものであり,特殊な測定環境を用いずにウェアラブルセンサーのみを用いる点が特徴である.日常的に健康状態を分析し,アドバイスを行うシステムが実現すると,療法士等の負担が低減されるだけでなく,我々の健康維持のために大きく貢献することが期待されると感じた.
2.7 遠隔リハビリテーションのための上肢動作計測センサウェアの設計[7]
カメラなどの環境整備が必要ない,高感度で低ヒステリシスな歪みセンサを用いた動作計測システムの角度推定誤差を小さくするための,シミュレーションによりセンサ配置を設計する手法が提案された.設定された条件を満たすようにシミュレータ内で最適化された15本のセンサデータをLSTMモデルにより推定することで,肩関節3自由度,肘関節1自由度を最大誤差5度以下に抑えることができたと報告された.
本システムは遠隔リハビリテーションを支援するために開発されたものである.遠隔支援の質が向上すると,移動を伴わずに様々なリハビリテーションサービスを提供することにつながるほか,これらのサービスを通じて得られるデータを用いて,リハビリテーションを提供する自律型のシステム構築にもつながるのではないかと考えた.
3 おわりに
本レポートでは,オーガナイズドセッション:介護とロボティクス2番目のセッションをレポートした.介護をする人,介護を受ける人の負担低減にとどまらず,私たちの日々の健康や生活の質向上につながる研究報告が多くあった.いずれも様々な事例へ対応させることが技術的な課題であり,仕組みそのものやセンサ,処理方法を工夫してこれらの課題への解決が試みられている.また,介護以外の分野で研究が進んでいるロボット技術や人工知能技術も多く取り入れられており,これらの分野の発達が介護現場等が抱える課題解決に大きく貢献していることを実感した.
参考文献
[1] 稲邑哲也,寺前達也,村上遥,津田彩乃,野田智之: “上肢運動支援における物理支援とVRイリュージョンの統合”, 第42回日本ロボット学会学術講演会予稿集, 3L3-01, 2024.
[2] 鴻上図南,藤田亘,樋口藍,柴田智広: “筋疲労が腰痛リスク低減動作姿勢に与える影響”, 第42回日本ロボット学会学術講演会予稿集, 3L3-02, 2024.
[3] 吉岡優太,高瀬裕,山崎公俊: “分枝型アームロボットによる片麻痺患者へのズボン着衣支援の実現”, 第42回日本ロボット学会学術講演会予稿集, 3L3-03, 2024.
[4] 青木陸,野中祐太郎,江上正: “空気クッションの圧力を利用した電動車いすの体動操作機構の開発”, 第42回日本ロボット学会学術講演会予稿集, 3L3-04, 2024.
[5] 三宅太文,斎藤菜美子,尾形哲也,王語詩,菅野重樹: “深層予測学習に基づく体位変換介助動作生成に関する研究”, 第42回日本ロボット学会学術講演会予稿集, 3L3-05, 2024.
[6] 寺前達也,森公彦,間野直人,脇田正徳,中條雄太,田口周,長谷公隆,野田智之: “Seq2seq with attention model を用いた垂直足圧成分による推進力成分の推定”, 第42回日本ロボット学会学術講演会予稿集, 3L3-06, 2024.
[7] 今村由芽子,尾形邦裕,蔵田武志: “遠隔リハビリテーションのための上肢動作計測センサウェアの設計”, 第42回日本ロボット学会学術講演会予稿集, 3L3-07, 2024.
水谷 彰伸(Akinobu Mizutani)
2023年九州工業大学大学院生命体工学研究科博士前期課程修了.修士(工学).現在,同研究科博士後期課程在学中.ホームサービスロボットの記憶を取り扱う,脳の機能を模倣した人工知能の研究に従事.電子情報通信学会学生員,IEEE学生会員,RoboCup @Home Technical Committee Member.