京都大学特定准教授
上出 寛子
「森先生が1月12日にお亡くなりになりました」と,先生についメールを送りそうになってしまいます.もうメールを送っても,いつものようにお返事をいただくことはありません.ここに謹んで先生のご逝去をご報告させて頂きます.
先生はロボット工学の先駆者でいらっしゃるとともに,禅仏教を高度な技術社会に活かし,科学と融合するという,新たな取り組みへと展開されてこられました.私は2013年から,先進技術と人・社会との調和を,仏教的な観点から実現することについて,先生から多くのことをご指導いただきました.仏教の実践者としての先生について,関連するエピソードと共に紹介させていただきます.
仏教では「一切衆生悉有仏性」といって,全ての存在に仏性(悟りに至る性質)があると考えます.先生(そして先生の師でいらっしゃる後藤榮山老大師様)は,「ロボットは仏性丸出し」と捉え,ロボットやモノには煩悩がなく,むしろ人間の方こそが学ばせていただける,無限の可能性があるとお教えくださいました.先生はあらゆるモノを本当に大事にされていて,ご自宅のお部屋には,膨大な数の工具や部品が,実に整然と,とても細やかに整理されているのに圧倒されたのを覚えています.
そして先生は,我執に覆われている仏性を個々人が見つけ出す実践として,ロボット・コンテスト(ロボコン)を創始されました.ロボコンでは,皆が自然と“無我”夢中になって,様々なモノと対話しロボットを作ります.自己と外的世界の境界が消え,あらゆる存在が繋がりあってハタラいている“一つ”であるということを,人から教えられなくても皆が主体的に会得するのです.先生は「『主体性や,内発的な意志』というものは現代最も欠けたものだと思います.(中略)臨済禅師の『随処に主となる』とか,道元禅師の『自己を習うというは,自己を忘るるなり』こそが,本当の主体性です. (中略)自己が大宇宙全体に広がった時=無自己です.(2017/2/25)」とお教えくださいました.ロボコンの原点は30年以上前に遡りますが,先生がおっしゃる通り,学ぶ者の心に火をつけ,自然と主体性を持つよう導く,そういう教育のあり方は今まさに大事なことだと思います.
初めてお会いした2013年当時,先生は86歳でいらっしゃいましたが,以降,何度もご講演をしてくださいました.2018年には私が名古屋大におり,先生が名大工学部電気学科9回生でいらっしゃることから,次女の美樹さんとご一緒に,名大までご講演に来てくださいました.講演の次の日は先生のご希望で,先生がお育ちになられたお家のあった覚王山,日泰寺,私のアパート前などを車で巡り,お昼はきしめんをいただいて,夜は美味しいお酒と一緒に仏教の話に花を咲かせました.先生はどの講演会でも,ずーっと前から入念にご準備をされます.そのお手伝いも大変貴重な経験でした.
以上を含め全ての場面で,先生はとても慈悲深い方でいらっしゃいました.誰かに対して怒ったり,咎めたりすることはなく,どのようなミスも笑いに転じて励ましてくださるユーモアをお持ちでした.何かのエラーで文章が消え,写真が添付されただけのメールを送ってしまった時も,「(むしろ)僕は貴女の進歩に感心していたのです.先ず,『不立文字』それから『以心伝心』.無言で写真だけを送って下さったことは,凄いです.非常に禅的で,メールの1つのスマートなスタイルが創造された感じでした.(無言のメールに伝えたいことが)すべて含まれているではありませんか!! (2017/11/14) 」とご返信くださいました.また,大事な人を失った時には,「『本当は生き通し』なのです.生死があることが,本当に生きていると言うことです.生死は位相の変化なのです.その方は,『原』の仮の世界から実の世界へとお戻りになったのです.(2021/9/11) 」と,誰よりも親身になって寄り添ってくださいました.今,先生のことを思いながら,この言葉を噛み締めています.
先生にいただいたメールは一千通を超えました.先生のご意志を真摯に受け止め,残りの人生をかけて,実践できるよう精進して参ります.先生のご冥福を心からお祈り申し上げます.