第159回ロボット工学セミナー実施報告
「農業のためのロボットやセンシング技術の普及を目指して」
日時:2025/6/20 (金) 10:00-17:00
会場:オンライン
参加者:85人
オーガナイザ:藤永拓矢(大阪公立大学)
サブオーガナイザ:中村ちから(株式会社アイシン)
セミナーURL:https://www.rsj.or.jp/event/seminar/news/2025/s159.html
セミナー概要
日本の農業において,従事者の人口減少は喫緊の課題です.2000年には基幹的農業従事者が240万人でしたが,2020年には136万人まで減少しました.この傾向が続けば,2050年には約30万人まで減少すると予測されています.このような背景から,ロボットやセンシング技術を活用した革新的な農業の実現に対する期待が高まっています.実用技術の開発や,それを活用した事業の立上げを加速させる必要があります.しかし,刻々と変化する複雑な栽培環境や,費用対効果の不透明さが,農業ロボット普及の大きな障壁となっています.本セミナーでは,「農業ロボットや関連技術を普及させるためにはどのような方策が必要か」について,農業ロボットや関連技術の研究開発に取り組んでおられる講師をお招きし,ご講演いただきました.
第1話 スマート農業推進のためのロボットならびにセンシング技術
京都大学 近藤 直様
最初に,これまでに開発されてきた農業ロボットの具体例を挙げながら,普及した技術とそうでない技術についてご紹介いただきました.続いて,生物材料の特性に基づく近赤外分光法や蛍光分光・画像などのセンシング技術の将来について詳しくご説明いただきました.さらに,農業・畜産業・水産業における環境およびアニマルウエルフェアとのトレードオフの課題に触れられ,特に,ほ場への過度な施肥と流亡,採卵鶏におけるオス雛の処分,和牛のビタミンAコントロール,バナメイエビの養殖といった具体的な問題に対する現行の技術的アプローチをご紹介いただきました.最後に,今後の技術開発の方向性についてもご示唆いただきました.スマート農業の実現に向けては,精密かつ高品質なデータを取得可能なセンシング技術が鍵を握っており,それは人類の健康で豊かな暮らしを支える食料生産と環境保全の両立に貢献するものであると結論付けられました.
第2話 農業ロボットの現状と今後の展望
北海道大学 野口 伸様
世界の食糧事情や日本における食料生産量の課題,そしてスマート農業の特徴や重要なポイントについて整理していただきました.まず,露地栽培を中心に,ロボット農機の現状,技術的課題,運用方法,制度整備についてご説明いただきました.研究開発事例としては,遠隔監視システムをご紹介いただき,省力化や安全性の観点からその効果について解説がありました.次に,果樹や野菜の生産を対象とした技術として,ブドウの収穫・剪定ロボット,カボチャの収穫および収量予測に関する技術について詳しくご説明いただきました.さらに,デジタルツインを活用したバーチャルファームの開発およびその活用方法について,具体的な事例を交えながら詳述していただきました.最後に,ロボットの社会実装に向けた今後の展望として,地域において期待されるサービス事業者の役割とその重要性についてご議論いただきました.
第3話 施設植物生産における自律分散環境計測制御技術と情報プラットフォーム
近畿大学 星 岳彦様
自律分散の概念や植物工場の定義について整理いただき,植物工場のロボット化と,将来の環境計測制御システムのあり方を中心にご講演いただきました.前者については,植物が動く植物工場の形態やその実例をご紹介いただきました.また,自律分散型の施設環境制御の考え方や,オブジェクト指向によるサツマイモ苗の生産支援システムについても詳しくご説明いただきました.後者については,ロバスト性・多様性の向上を目指したワイガヤ式プラットフォームや,誰もが参加可能なオープンソース指向の仕組みについてご紹介いただきました.さらに,電子工学技術の発展に伴うDIY農業の実例も示していただきました.最後に,自律分散システムと情報通信技術のさらなる応用が,閉鎖的な施設植物生産システムに根本的な変革をもたらす可能性についてご示唆いただきました.
第4話 農業現場でのロボット活用に関して
inaho株式会社 菱木 豊様
マルチ台車ロボットや自動収穫ロボットを事例として,農業現場におけるロボット導入の実績と課題についてご紹介いただきました.特に,AIやセンシング技術を活用した収穫精度の向上や,農家の作業負担軽減への貢献について詳しくご説明いただきました.さらに,日本とオランダの環境の違いを整理されたうえで,オランダにおいてロボットや自動化技術が普及している要因についても解説いただきました.また,ロボット導入を進める上での課題として,コスト,環境適応,農業従事者との協調作業の必要性を挙げられ,今後の展望についても議論していただきました.最後に,持続可能な農業の実現に向けたロボット技術の可能性と,農業ロボットをビジネスとして発展させるためには,栽培環境の再構築が重要であることをお示しいただきました.
第5話 自律走行型農薬散布ロボットの開発とこれからのスマート農機開発について
株式会社レグミン 成勢 卓裕様
自律走行型農薬散布ロボットを活用した農業の自動化・効率化についてご紹介いただきました.ロボット開発の背景から,試作・改良を経て現場導入に至るまでの経緯,そして実際の農業現場での活用方法について,具体的な事例を交えながらご説明いただきました.また,ロボットを単なる販売商品としてではなく,サービスとして提供することで,農家が容易に導入できる仕組みを構築し,事業化を推進する方針についても詳しくご解説いただきました.さらに,収穫後の作業をはじめとしたロボット技術のさらなる応用可能性にも言及され,スマート農業の将来像をお示しいただきました.最後に,日本の農業をより良くしていくためには,若手人材の育成や農業分野におけるプレイヤーの増加が重要であることを議論いただきました.
第6話 閉鎖型生産システムと授粉作業の自動化の意義や可能性について
HarvestX株式会社 市川 友貴様
農業ロボットや栽培方式の多様化が進む中,従来の代表的な露地栽培やハウス栽培も引き続き活用されています.そうした中で,最新技術を活用した空調制御システムやLED照明による環境制御を特徴とする植物工場など,閉鎖型生産システムを中心に,その開発コンセプトや仕様についてご紹介いただきました.また,農業ロボットの開発と並行して,それらのロボットが最大限に効果を発揮できる環境の整備が重要であることを示され,ハードウェアとソフトウェアの両面からの総合的なアプローチについてご解説いただきました.特に,これまでハチや人手に依存してきた労働集約的な授粉作業に対し,ロボット技術による自動化を実現する意義とその可能性について,詳しくご講演いただきました.

