IEEE International Conference on Advanced Robotics and its Social Impact (ARSO)
IEEE International Conference on Advanced Robotics and its Social Impact (ARSO) は、先進的なロボット技術とその社会的影響に焦点を当てた国際会議です。この会議では、ロボット工学の最新の研究成果や技術革新だけではなく、ロボットが社会や産業に与える影響について議論されるのが特徴です。
先進的なロボットは、これからの社会で有望な用途に参入し、大きなインパクトをもたらすことが期待されています。AIベースのコンポーネントの実装が増えると、その応用分野も広がります。これらの影響をポジティブに反映させるためには、技術面だけでなく、安全、規制、倫理、ヒューマンファクター、哲学など、私たちが直面する可能性のある社会課題にも視野を広げる必要があります。
第1回は、2005年「愛・地球博」に合わせて名古屋で開催されました。毎回、ロボット関連の展示会等に合わせて開催されてきましたが、近年はICRAのExhibitionと連続開催されています。
https://ieee-arso.org
プログラム概要と論文投稿・参加登録等
投稿論文数: 93
採択論文数: 61
参加登録数: 105
- 過去数年のARSOでは,いずれも最多数を記録.
- 加えて,一般公開特別セッションの参加登録者数は39名
初日17日の招待講演
講演者: 江間有沙准教授(東京大学)
講演タイトル: The Role of AI and Robotics in Society: Challenges and Considerations
概要:
本講演では、AIやロボットの開発・導入に伴う責任、説明責任、法的責任といった概念の整理から始まり、多様なステークホルダー間の責任の分担とガバナンスのあり方が議論された。特に医療分野でのAI活用における分類提案(Ema et al., AIES'20)や、OECDのHAIP報告枠組みを通じた透明性と説明可能性の確保に向けた実践的な取り組みが紹介された。
さらに、AIやロボットが直面する社会的リスクや制度的障壁、国際的な枠組みの相互運用性(interoperability)の必要性についても論じられた。後半では、「包括的な社会におけるパーソナルロボットとは何か?」という問いを軸に、単なる効率化ではなく、人間らしい働き方や支援のあり方を再構築する視点が強調された。技術が引き起こす“無自覚なバイアス”や、“不必要な罪悪感”といった心理社会的課題にも目を向ける必要があると訴えた。
最後に、グローバルAI対話(Global AI Dialogue)の紹介を通じて、異文化・異領域間の対話の重要性と、“実験的社会”におけるテクノロジーとの付き合い方を再考する必要性を提起した。
重要なスライド
① スライド16: Discussion Point (1): AI and Risk
AI固有のリスク(非制御性・不透明性)とIT一般のリスク(プライバシー、誤情報など)を整理。
現行制度が技術革新を阻害している例(医師法や著作権法など)を挙げた点が具体的。
② スライド20(次ページ): How to design human-robot/AI relationships?
「社会が技術を解決するのか/技術が社会問題を生むのか」という対立軸ではなく、「どのような社会を生きたいのか?」という本質的問いを提示。
技術の設計だけでなく、社会の設計自体が重要であるという視座が示された。
③ スライド24–26: Inclusive Society and Personal Robots
技術が障害者や高齢者の“可能性を広げる道具”として機能する一方で、誤った罪悪感や過度な自己犠牲を助長する恐れもあることを、ユーザー視点で再定義。
福祉ロボットの倫理設計に関わる今後の方向性として重要な視点。
初日17日の レセプション
中日目18日の招待講演
講演者: Raja Chatila 教授(ソルボンヌ大学)
講演タイトル: Do Robots Really Care?
概要:
本講演では、「ロボットは本当に気にかけているのか?」という根本的な問いを軸に、生成AI・LLM・社会ロボットの進展に伴う倫理的・哲学的・技術的課題が幅広く議論された。冒頭では、ELIZAからCharacter.AIまでの対話AIの進化と、それに伴う擬人化(anthropomorphization)の問題を紹介し、人間がロボットに感情や意図を投影してしまうメカニズムに警鐘を鳴らした。
次に、大規模言語モデル(LLMs)やVision-Language-Action Models(VLAMs)がいかに“理解”なしに統計的に振る舞っているかが説明され、「Alignment Problem(整合性問題)」に関する深い考察が展開された。RLHFによる調整にもかかわらず、設計者やユーザーの意図と実際の出力との間にギャップが生じること、そして意図的な欺瞞や“スキーミング”の可能性にも触れた。
後半では、社会ロボットの倫理的側面が取り上げられた。人間に似た外見や動作、言語能力を持つロボットが引き起こす「愛着」「孤立」「モラル・エージェンシーの誤認」といった現象が、人間の自律性や社会関係に与える影響について注意が促された。
最後に、倫理的な影響評価(Ethical Impact Assessment)の枠組みが提示され、技術の目的・不可逆性・累積効果・人間の尊厳や自律性への影響などを継続的に評価し、規制や説明責任の枠組みと結びつけていく必要性が強調された。
特に重要なスライド(会議報告に引用可)
① スライド12: The Alignment Problem
LLMによる「整合性」の問題が提起され、「有害ではない」「正直である」「人間の利益に資する」という3つの基準(HHH)に基づきながらも、欺瞞や“意図のフェイク”が生じうる点を例示。
実際の論文(Meinke, Greenblatt 2024など)への言及があり、技術的・倫理的論点を交差的に把握できる。
② スライド17: Intelligence and Emotions in AI Systems
シンボリックAIと統計的AIの違いを明確に示し、どちらも“感情”や“共感”、“因果推論”には至らないことを指摘。
本質的な限界を踏まえた人間との関係設計の重要性を示唆する。
③ スライド24–27: Ethical Deliberation and Impacted Human Values
技術開発が個人、社会、生態系に与える影響を三層構造で整理。
特に「人間の尊厳」「自律性」「信頼」などの価値が影響を受けることを明確に提示しており、社会的影響評価や規制設計との関連性が高い。
中日目18日の特別一般公開セッション 共棲ロボットと私たちの未来 ― NICOBO開発物語を起点に考える
開催趣旨:
私たちは今、ロボットが人と共に暮らす「共棲」の時代を迎えようとしています。共棲ロボットは、高齢者の支えや子どもの学びを助けるなど、私たちのウェルビーイングに貢献する可能性を持つ一方で、プライバシーや感情操作といった新たな社会的・倫理的課題も伴います。
本特別セッションは、こうした課題を広く社会と共有することを目的に、ARSO初の一般公開セッションとして日本語で開催されました。AIによる日英同時翻訳(キャプション表示)も提供されましたが、一部誤訳もあり今後の検討課題となりました。一般参加は約40名、さらに本会議参加者も多数聴講し、開催地の言語で行われた意義は、ARSOの趣旨である「社会をどう巻き込むか」という視点からも大きいものでした。
プログラム
16:40 – 16:45:開催趣旨
稲谷 龍彦(京都大学・教授)
16:45 – 17:05:基調講演
「NICOBO開発物語」
増田 陽一郎(パナソニック)
17:05 – 17:15:一般講演1
「ロボットとどう生きるか? 〜ロボット倫理をあらためて考える」
浅田 稔(大阪国際工科専門職大学・副学長;大阪大学・特任教授)
17:15 – 17:25:一般講演2
「ロボットとのふれあいは心にどう効く? 〜ケアと学びの心理学」
上出 寛子(京都大学・特定准教授)
17:25 – 17:35:一般講演3
「ちぐはぐだけど、なんかいい:ロボットとつくる新しいつながり」
勝野 宏史(同志社大学・教授)
17:35 – 17:55:総合討論
司会:稲谷 龍彦(京都大学・教授)
基調講演概要: NICOBO開発物語 (増田 陽一郎(パナソニック)
1.NICOBOの哲学:「人を笑顔にするロボット」を目指し、気ままで感情豊かなふるまいを重視。自律的でマイペースな振る舞い(寝言やおならも含む)により、生活に自然に溶け込む存在を目指す。独自の「モコ語」やカタコトの日本語を話し、関わりを促す“余白”をつくる。
2.「弱いロボット」の思想:完全ではない、頼りない存在であることが人の関わりを引き出す。主体的に助けたくなる関係性(「思わず手助けしたくなる優しさ」)を創出。
デザインと関係性:動物型でも人型でもないオリジナルな存在感。“上下関係”ではなく“並んだ関係”を重視し、共に感じ、共に生活するスタイル。インテリアに自然に溶け込む形状や色彩、あどけない動作で「いきものらしさ」を表現。
開発背景と企業的意義:パナソニックがロボット開発に参入した背景には、「モノの豊かさ」から「心の豊かさ」への社会的価値観の変化がある。AV技術資産を活かしつつ、ハード中心からサービス志向の新たなビジネスモデルを模索。
一般講演1「ロボットとどう生きるか? 〜ロボット倫理をあらためて考える」
浅田 稔(大阪国際工科専門職大学・副学長;大阪大学・特任教授)
ロボットが生活に浸透する中、「どう共に生きるか」が問われている。従来のルール重視の倫理から、自らを問い続ける“生の美学”へと転換し、技術者自身が倫理と向き合う姿勢が求められる。岡田氏の「コンヴィヴィアリティ」によるロボットとの“ゆるやかな共生”の実践例や、PARO・NICOBOの事例を通じ、社会と共に進化するアジャイルガバナンスの必要性を提起した。
一般講演2「ロボットとのふれあいは心にどう効く?〜ケアと学びの心理学」
上出寛子(オンライン,京都大学)、新井健生(電気通信大学)
ロボットとの関わりには、「人がロボットをケアすること」と「ロボットから学ぶこと」の両面があり、それぞれが人の心理に影響を与える可能性がある。397名の調査結果から、ケアの程度はロボットの種類に依存しない一方で、学びの程度は犬型や人型ロボットなど“触れ合い型”で高い傾向が見られた。また、ケアが強いほど孤独感が低く、学びが多いほど人生満足度が高いという関連が示された。因果関係は未確定だが、ロボットとのふれあいが人のウェルビーイングに資する可能性が示唆された。
一般講演3「ちぐはぐだけど、なんかいい:ロボットとつくる新しいつながり」
勝野宏史(同志社大学)
NICOBOユーザーへのインタビュー調査を通じて、人とロボットの関係には「ズレ(違和感やすれ違い)」がしばしば存在するが、ユーザーはそれを拒絶せず、むしろ受け入れて関係を育んでいることが明らかになった。この「ズレへの応答」が人の心を微調整し、ロボットとの関係性を持続・発展させる力となっている。こうした応答の積み重ねを通じて、「ロボットと共に生きる」新たな倫理が浮かび上がる。
総合討論 司会:稲谷 龍彦(京都大学・教授)
最後の総合討論では,法学者の稲谷教授から各講演者への質問があり,NICOBO設計者(増田),ロボット工学研究者(浅田),認知心理学者(上出),文化人類学者(勝野)の各立場からとそれらを超えて,どのように協働していく可能性があるかなどが議論された.特に,文化差が醸し出す共棲の解釈の違い,それが及ぼす倫理や法制度の課題を議論した.
フロアから「強いロボットはどうなるのですか?」という質問があり,浅田から,「これまでの機能主義のロボットは必要ですが,そればかりでは,弱いロボットの存在価値が否定されかねないので,強い,弱いも含めた多様なロボットとの共棲を皆で議論していくことが大事」と応えた.最後に稲谷教授から,「科学技術が不可避的に社会のあり方に影響を及ぼすことを明確に意識し、より望ましい社会を実現するという観点から、マルチステークホルダーでより良いロボットのありようを検討することが必要となる」とコメントが有り,本セションをまとめた.
中日18日のバンケット
受賞一覧(Awards)
【最優秀論文賞(Best Paper Award)】
Boyoung Kim, Qin Zhu, Elizabeth Phillips, and Tom Williams
“From Intent to Accountability: Exploring the Role of Mental States in Robot Accountability”
【最優秀学生論文賞(Best Student Paper Award)】
Zhuoran Sun (co-author: Xiaogang Xiong)
“Towards Efficient and Safe Robotic Manipulation: Tactile Sensing and Electroadhesive Gripping”
IDEA トラベルサポート賞(IDEA Travel Support Award)
IDEA は Inclusion(包摂性), Diversity(多様性), Equity(公平性), Accessibility(アクセシビリティ) を意味します。この取り組みは、IEEE RAS Women in Engineering(WiE)委員会によって2023年に開始され、ロボティクスと自動化に関心を持つ代表性の低いコミュニティの研究者を支援することを目的としています。本支援制度は、こうした研究者が主要なIEEE RAS国際会議に参加できるよう助成することで、分野の多様性を高めることを目指しています。
IDEA トラベルサポート賞(IDEA Travel Support Award)
【受賞者(IDEA Awardees)】
- Alejandro Escobar Quinchia
- Brigitte Madelein Pérez Ortiz
- Chioma Oleka
- Daniel Gomez Pinzon
- Gabriela Abigail Lazo De La Cruz
- Hector Roberto Hernandez Jimenez
- Ayomide Popoola
演奏は阪大の学生さん
三日目19日の招待講演
講演者: Ronald Arkin 教授(Georgia Institute of Technology)
講演タイトル: Towards Ethical Lethal Autonomy: Are reductions in noncombatant casualties achievable?
概要:
Arkin教授は、戦争における非戦闘員の被害を最小限に抑えるために、倫理的な致死性自律システム(LAWS: Lethal Autonomous Weapon Systems)の開発が可能かどうかという挑戦的なテーマに取り組んだ。
冒頭では、軍事現場におけるロボット技術の既存・計画中の導入事例(韓国・イスラエル・米国・中国など)を紹介したうえで、現在の戦場における非戦闘員被害の現状を「全く容認できない」と断言し、その改善にテクノロジーが果たすべき役割を説いた。
中盤では、人間兵士の倫理的欠陥(怒り、判断力の欠如、命令の誤解、報告の忌避など)を数値データで示しつつ、これに対し自律システムが倫理的に優位になり得る理由として、感情に左右されない判断、センサー統合、攻撃回避の保守的判断などを挙げた。倫理的意思決定アーキテクチャとして、「Ethical Governor」や「Ethical Behavioral Control」などの構成要素が紹介され、LOW(Laws of War)やROE(Rules of Engagement)に基づく制約モデルも提示された。
講演は、技術の実装可能性に留まらず、法的・哲学的・社会的な問題(責任の所在、非対称性の拡大、公衆の信認、モラルハザードなど)にも踏み込み、現時点では“禁止”ではなく“モラトリアム”が現実的であると結論づけた。
特に重要なスライド(会議報告に引用可)
① スライド9–10: Plight of the Noncombatant
現在の戦争における非戦闘員の犠牲がいかに容認できない水準にあるかを明言。
「倫理的に設計されたLAWSは、むしろ非戦闘員の保護に資する可能性がある」との主張の中核。
② スライド15: Underlying Research Thesis
「人間よりもロボットの方が国際人道法を遵守できる可能性がある」とする衝撃的な仮説が明示。
過剰な楽観ではなく、条件付きでの現実的可能性として論じている点が重要。
③ スライド36–37: An Ethical Architecture
「Ethical Governor」「Ethical Behavioral Control」「Ethical Adaptor」「Responsibility Advisor」から構成される倫理的アーキテクチャを提案。
特に「許可されるだけではなく義務付けられる致死行為」という二重意図(Double Intention)の考えが斬新。
2026年のARSOはウィーンで6月10-12日開催
ご協力いただいた機関:大変ありがとうございました!
- さくらインターネット様(横野龍賢さま):会場を提供していただきました.
- 大阪大学先導的学際研究機構 共生知能システム研究センター
- 国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)
- 公益財団法人 栢森情報科学振興財団
現地にいた実行委員会メンバー:ご苦労さまでした.
浅田稔
元会長,現在,大阪国際工科専門職大学 副学長,及び大阪大学先導的学際研究機構 共生知能システム研究センター特任教授