日本のロボット研究の歩みHistory of Robotics Research and Development of Japan1989Manipulation〈マニピュレーション〉非駆動関節を有するマニピュレータの動力学的干渉による位置制御
荒井 裕彦 | 機械技術研究所(現在、産業総合技術研究所) |
舘 暲 | 機械技術研究所(現在、慶応大学) |
この論文は、ロボット研究開発アーカイブ「日本のロボット研究開発の歩み」掲載論文です。
マニピュレータの最も基本的なハードウェア構成は,リンク機構の各関節に対しアクチュエータと変位センサが1個ずつ対応するものである.本研究では,アクチュエータを持たず保持ブレーキとセンサのみからなる非駆動関節を有するマニピュレータを位置制御する手法について提案する.非駆動関節のブレーキを解放した状態において,アクチュエータを持つ能動関節と非駆動関節との間の動力学的干渉性を利用し,能動関節の運動によって非駆動関節を間接的に制御する.ブレーキによって非駆動関節を固定した状態では能動関節を制御する.これら二つの制御モードの組合わせによりマニピュレータ全体の位置・姿勢を制御する.制御法の基本原理を示し,非駆動関節の制御が可能になる条件をシステムの出力可制御性と関連づけて論じた.またPTP制御のアルゴリズムについて述べ,2自由度マニピュレータについてのシミュレーションにより本手法の実現性を確認した.
解 説
本論文は非駆動関節を有するマニピュレータ(Underactuated Manipulator.自由関節マニピュレータ,劣駆動マニピュレータなどとも呼ばれる)に関する最も初期の研究である.基本的なアイデアは,関節間の動力学的干渉を積極的に利用し,駆動関節トルクで非駆動関節の運動を制御する,ということにある.制御手法としては,非線形制御理論で言うところの部分フィードバック線形化(Partial Feedback Linearization [6])のプリミティブな形と言ってもよい.慣性行列のうち動力学的干渉に関わる部分がnonsingularという条件の下で,非駆動関節の状態を含む部分ダイナミクスを線形化し,駆動関節トルクを入力としてそれを制御する.残りの部分ダイナミクスについては非駆動関節のブレーキにより境界条件を調整することにより,マニピュレータ全体の位置決めを実現している.(余談ながら本論文中の「能動関節」対「非駆動関節」という名称は日本語としておかしい.「能動」対「受動」あるいは「駆動」対「非駆動」とすべきであった.)
下記の文献[1], [4]では位置制御の実験的検証を行った.また文献[2], [3], [5]ではマニピュレータの運動学も組み合わせることにより作業座標系での制御を行い,さらに経路追従制御にそれを応用している.上に示した動画はそれらの実験結果をまとめたものである.
今では広く知られていることだが,非駆動関節を有するマニピュレータの多くが2階の非ホロノミック系になるということを初めて指摘したのは1991年の文献[7]である.本論文を執筆した1988~89年頃には,ロボット分野では非ホロノミック系という概念もほとんど知られていなかった.そのため,本論文第3章の可制御性に関する考察は線形近似モデルに基づいており,現在から見ると不完全なものであることに注意されたい.非ホロノミック系としての性質を考慮すれば,関節に重力が作用しない場合であっても,同時に制御できる関節の数は駆動関節の数に限定されない場合がある.
非駆動関節を有するマニピュレータの非ホロノミック系としての性質やそれを利用した制御については,1990年代後半に急速に研究が進んだ.実際にいくつかのタイプのマニピュレータについては,(ブレーキを用いない)制御手法が実現されており,可制御性も理論的に証明されている(文献[8]~[18]など).詳しくはこれらの論文や解説[19], [20]などを参照されたい.