日本のロボット研究の歩みHistory of Robotics Research and Development of Japan1995Manipulation〈マニピュレーション〉非ホロノミック・マニピュレータの理論的設計と非線形制御
中村 仁彦 | 東京大学 |
O.J. Sordalen | 東京大学 |
鄭 宇眞 | 東京大学 |
この論文は、ロボット研究開発アーカイブ「日本のロボット研究開発の歩み」掲載論文です。
本論文は非ホロノミックな拘束を機械設計に用いることによって,従来のホロノミックな機械の設計論では有り得なかった新しい運動機能をもつ機械を設計することを提案した初めての論文である。最近ではこのような考えは「nonholonomic on purpose」のような言葉で代表されている。
球とそれに接触するプーリを用いたある種の無段変速機を一組ずつ関節に持つマニピュレータは,二個のモータを基礎部に持つだけで任意の関節数に対して可制御になる。このような性質を持つ機構の理論設計とその非線形制御について論じた論文である。提案した機構は,任意数の関節に対してその運動学方程式が一回の非可積分な性質を持つ。これが二個のモータにもかかわらず任意の関節角度から任意の関節角度へ遷移することを可能にしている。しかしながらこの遷移には単調な運動ではなく,非線形性を利用した巧みな制御が必要になる。この機構はさらに,運動学方程式がチェーンドフォームといわれる単純な構造に等価変換可能という性質を持つように設計されているという特徴をもつ。チェーンドフォームは一階の非ホロノミック系の正準方程式とも言われる。これによって単純なチェーンドフォームを用いて制御系を設計することによって,運動計画,オープンループ制御の他に,指数関数的な収束性を持つ漸近安定なフィードバック制御系を設計することもできる。これらの問題については著者らの一連の研究がある[1][2][5][6]。 この非ホロノミックマニピュレータはその後,実験装置として試作がなされ運動性や制御の有効性について検証がなされた[3][4][7][13]。
非ホロノミックマニピュレータの機械的座標系である関節角度と制御系の理論設計のためのチェーンドフォームの座標系との間の変換は任意の関節数に対して理論的には表現することができる。しかしこの変換は関節数が多くなるに従って次第に複雑になり計算誤差などによって発散しやすくなる現象が見られた。これは機械的な座標系と,数学的な座標系の間の一切の変換をこの変換が担っていることによる。このため,多少の機械的な複雑さを許すことで,この変換を単純にする試みがなされた[8][9][10]。チェーンドフォームマニピュレータはこのような目的で設計されたものであり,一つの関節に球とプーリが二組使われている。機械的にチェーンドフォームに近い構造をもつことからこのように名づけられた。
非ホロノミックマニピュレータのよって始まった「nonholonomic on purpose」な機械設計は,最近ではトレーラ機構の設計へと展開した[11][12][14]。空港や港湾の荷物のハンドリングにトレーラの自動運転が求められることがある。非線形制御によって位置決めを行うためには,トレーラをチェーンドフォーム変換可能なように設計することが有効である。ところがこのような制御系をもつトレーラは実空間ではくねくねと曲がりくねった運動を示すため,漸近安定な制御系が設計できたとしても実用に耐えるものではなかった。このためチェーンドフォーム変換可能な機構のうちで,先頭車だけを通常に運転する場合に後続車の追従性の良いメカニズムの機械設計とそのパラメータについて研究を行った。このトレーラ機構を用いれば先頭車の通常の運転だけで後続車両の追従が保証されるうえ,精密な位置決めが必要になればチェーンドフォーム変換に基づく漸近安定な制御系を用いることができる。
第10回(1996年)日本ロボット学会論文賞受賞