執筆日 2019年9月13日
執筆者 菅宮友莉奈
2019年9月3日から7日にかけて早稲田大学で開催された日本ロボット学会第37回学術講演会のセッション参加レポートをお届けします.
今回レポートするのは,学会の一日目の午後に行われた「優しい介護「ユマニチュード」とロボティックス」です.オーガナイズドセッションということで,わかっている人が来るという感じがします.セッションが始まる前に中澤先生がセッションの大枠を説明してくださりました.オーガナイズドセッションが何なのか正直わかっていなかったのですが,企画されたセッションで,招待講演が行われているのですね.学生というよりも,全員発表に慣れている方が多いようで,すごく内容がぎゅっとしていました.このセッションは京都大学の中澤先生が企画した「ユマニチュード」に関する企画です.
セッションの説明
一つ目は東京医療センターの本田先生による「マルチモーダル・ケア技術の技術評価と臨床効果」です.医師として現場にいる立場からユマニチュードの概要をお話ししてくださいました.最初に認知症の方を担当している人の離職率が高いという導入として,2つの動画を見せていただきました.一つ目の動画は介護を必要とする男性の口腔ケアをするために,看護師3名で男性に「口を開けてください」というものでした.その動画の中で男性はすごく嫌がり,口を開けませんでした.次の動画はユマニチュードのインストラクターが混ざり,同様のことをしたものです.2つめの動画では簡単に口を開け,笑顔で会話をしていました.最後にはその男性の息子が「数年ぶりに父の笑った顔を見た」とコメントをしていました.「ユマニチュード」をするとこんなに劇的な変化があるのか!と衝撃的でした.このユマニチュードについて様々な観点から見ていくのがこのセッションです.
優しい介護とは
繰り返しますが,このようにユマニチュードを実践すると穏やかにケアを受け入れてもらえるようになります.このあたりで読んでくださっている方も「ユマニチュードってなに!?常識?」と思っていませんか.私は思っていました.不勉強ですみません.
そこで,順番が前後しますが,3件目の九州大学の倉爪先生の「「触る」の定量化とユマニチュード教育システム」の冒頭を書かせていただきます.気持ちを読み取ったように倉爪先生は開口一番「ユマニチュードって知ってました?知らなかった方は?」と挙手を促しました.恐る恐る挙手しましたが,実は部屋の半分ぐらいの人が知らなかったようです.なんとなく部屋に安堵の雰囲気が流れ終始円満に進みました.
紹介書籍
さて,ユマニチュードとは何か倉爪先生がおすすめの書籍とともに教えてくれました.「認知症の方に心理的に負担を軽減してケアを受けてもらい,介護実施者の負担も軽減するようなケア技術」だそうです.
「ユマニチュードはケアの技術」ふむ.なるほど.と思ったところで,1件目の本田先生の発表に戻ります.ユマニチュードではあなたは私にとって大切な存在であるというメッセージを相手にも伝えることが重要で,被介護者が「自分は尊重されている」と感じるケアを行う必要があるとのことです.具体的な技術としてあげられているのは見る・話す・触れる・立つというコミュニケーションを適切に行うことでした.詳細については後の先生方がお話ししてくださいました.
続きまして,2件目の京都大学中澤先生による「「優しい介護」インタラクションの計算的・脳科学的解明」.なぜRSJでこのセッションを立てたのかというお話から.中澤先生はエンジニアというのは観察が得意だとおっしゃっていました.ロボットというのは達人の技をまねすることが多い.つまり,ロボット工学者(エンジニア)は達人を見てコツをインプットデータに落とし込みをしたり,何らかの基準を見つけ出したりするのがうまいのではないかということでした.
さらに,コツから技術抽出する以外にも教育に関してもロボットは威力を発揮するのではないかというお話でした.例えば,教育の手法としては,レクチャーだけではなくて,直接インストラクターから学ぶ必要があります.しかし,インストラクターが少ないので直接指導を受けられる時間は限りがあります.そこで,センシングや統計的解析によりフィードバックも適切にできるのではないかというお話でした.
3件目の倉爪先生の「触るの定量化」についてです.快適なふれ方についての動画を見せていただきました.動画は高齢者の介助の様子なのですが,非常に上手な方は左右どちらかの手が必ず被介護者に触れていて,ふれ方も親指が反ったり握りこんだりしない,と解説してくださいました.会場中の人が自分の手でその感じを確かめていたのが後ろから見ていて面白かったです.
さらに,「触れる」のセンシングです.触れるスキルについて解析をするために,ウェアラブルの接触センサを探したのですが,そのようなセンサがなく布型の圧力センサを開発しているそうです.最初はランニング型だったのですが,腕なども必要との現場からの声で長袖版が作られていました.最後に,訓練のことを考えたときに患者役があまりいないという問題があるようです.健常者の方に依頼しても,距離が近いユマニチュードは恥ずかしいという理由で人手が集まらないので,見た目はAR,本体はマネキン,センサは開発した圧力センサで構築したとのことでした.
全身ウェアラブル
4件目は静岡大学の小俣先生の「認知症ケア高度化のための構造化映像を用いた協調的コーチング環境」です.こちらの研究はユマニチュードの技術取得を支援する環境構築についてです.まず,ユマニチュードの評価方法です.見る・話す・触れる・立つというそれぞれについて,知識表現のルールベースを構築していました.技能とかコツっていうのは決まった枠組みが無いと表現が難しいので,その枠組みを作ったということです.センシングする対象を決めて,その程度を測定するためにはパラメータの設定が必要ですよね.今回だと,「アイコンタクトがとれ,相手に触れ,近くにたっていた」というような感じです.枠組みを決めたところで,それぞれがよくできているのかフィードバックの方法です.こちらは訓練者が自分の動画を撮影して,評価者におくり,評価者がその動画を見ながらコメントしている動画を送り返すというものです.VTRを見ている芸能人がワイプで映っている・・っていう感じかなと思いました.
5件目は奈良先端大学の高松先生による「ロボットによる見る・触れる動作の模倣とそれを通じた評価」です.ロボットで人に触れて,人間のリアクションを見ることによって.人間というシステムの同定をするというコンセプトです.ロボットはパラメータがかなり正確にいじれるのでシステム同定に最適なのではないかというお話でした.
さらに,どのようなふれ方を人は心地よいと感じるかという実験もやっており,個人的にそこに興味がわきました.いくつかパラメータを設定してハンドを構築し,そのハンドで背中をなでて快適さをはかるというもの.気になるパラメータですが,自由度が0,1,7のもの,そして温度が暖かいものと冷たいものです.全部で3かける2で6通りです.どれが一番心地よいかワクワク予測しました.
自由度0のものはただの半球なのでツボ押しにはいいけど安心感はないかなぁ,自由度1よりは7の方が密着感があるかな,冷たい手で触られるより温かい手の方が気持ちよさそう!ということで,ホットの自由度7に私は賭けました!! 予測は大正解でした.ちなみに実験の評価も一対比較法という「これとこれどっちがいい?」という評価を使っているそうです.勉強になる.
触るの科学
6件目は京都大学の佐藤先生による「自閉症の心理神経メカニズム」.専門は心理学の佐藤先生.人口の中で1%はいるといわれる自閉症の心理的メカニズムを科学的に理解する研究でした.自閉症は人の表情に反応することが苦手で,脳の中で社会脳領域といわれる部分の活動が低いのではないかと言われています.そこで,社会脳領域と言われる扁桃体と新皮質の結合状態について検証されていました.
最後は基調講演です.東京大学名誉教授で現在はMicrosoftの池内先生による「人間行動観察学習再訪-Learning-from-observation-(revisited)-」です.人工知能の歴史的遷移に触れる中で,機械でいう学習と人間がやってきた学習は異なるのではないかというお話などがありました.途中雑談的にお話しされていた「カンブリアン爆発」のお話が興味深かったです.その内容は,「現在,ロボット分野でカンブリアン爆発が起こっている.生物は視覚器官の獲得をして,爆発的に増加した.コンピュータビジョンの世界では深層学習の獲得で論文が爆発的に増えてきた.・・・ってことはこの後自然淘汰が起こるのでは!?」ということで,池内先生は自然淘汰を乗り切るためにちゃんとロボットを環境にシステム最適化をしないと.と思い対象に高齢者支援を選び研究を進めているとのことです.自然淘汰と聞くとぞっとしてしまいますが,先生でないと口にできないことだなとも感じました.
以上で,「優しい介護「ユマニチュード」とロボティックス」のセッションレポートを終わります.このほかにも「ヒューマン・サポート・ロボティクス(1/2)」「人と関わり合うロボットのためのSocialware(1/3)」「医療ロボット(1/3)」「医療ロボット(2/3)」のセッションについてもレポートしておりますので,そちらも是非ご覧ください.
【講演プログラム】
1N3_OS10:優しい介護「ユマニチュード」とロボティックス
1N3-01 マルチモーダル・ケア技術の技術評価と臨床効果
○本田 美和子(東京医療センター)
1N3-02 「優しい介護」インタラクションの計算的・脳科学的解明
○中澤 篤志(京大)
1N3-03 「触る」の定量化とユマニチュード教育システム
○倉爪 亮(九大)
1N3-04 認知症ケア高度化のための構造化映像を用いた協調的コーチング環境
○小俣 敦士(静岡大学),石川 翔吾(静岡大学),宗形 初枝(郡山市医療介護病院),本田 美和子(東京医療センター),坂根 裕(株式会社エクサウィザーズ),桐山 伸也(静岡大学)
1N3-05 ロボットによる見る・触れる動作の模倣とそれを通じた評価
○高松 淳(奈良先端大),豊島 健太(奈良先端大),佐野 哲也(奈良先端大),湯口 彰重(奈良先端大),中澤 篤志(京大),ガルシア リカルデス グスタボ アルフォンソ(奈良先端大),丁 明(奈良先端大),小笠原 司(奈良先端大)
1N3-06 自閉症の心理神経メカニズム
○佐藤 弥(京都大学こころの未来研究センター)
1N3-07 【基調講演】人間行動観察学習再訪 -Learning-from-observation (revisited)-
○池内 克史(Microsoft)