RSJ学会誌vol.39 No.4(2021年5月15日発行)掲載解説記事
RSJ・JSAI学生編集委員会合同企画
日本ロボット学会浅田稔会長・人工知能学会野田五十樹会長対談
Report on Dialogue between RSJ President Dr Asada and JSAI President Dr Noda
コーディネータ:坂本真樹 (電気通信大学大学院情報理工学研究科)
サマリ執筆:松嶋達也 (東京大学大学院工学系研究科),津村賢宏 (国立情報学研究所)
1. はじめに
本記事では,2020年10月9日に行われた,日本ロボット学会(RSJ)浅田稔会長(大阪大学)と人工知能学会(JSAI)野田五十樹会長(産業技術総合研究所)の対談の模様をお伝えする.本対談は,ウェブ会議システムを通じて行われ,坂本真樹教授(電気通信大学)がコーディネータを務めた(図1).
なお,本報告は,学会間の交流活動の一環として,JSAI学生編集委員が執筆した記事をRSJ学会誌(2021年第4号,本誌)に,RSJ学生編集委員が執筆した記事をJSAI学会誌(2021年第3号,5月1日発行)に交差して掲載しており,両方の記事を比較して読むことで,それぞれの学生編集委員会の考え方の違いが見られる企画になっている.
図1 RSJ浅田稔会長(左上)・JSAI野田五十樹会長(右下)の対談の様子.コーディネータは坂本真樹教授(左下)が務めた.
2. AIとロボットの違い
坂本:今日はよろしくお願いします.具体的なテーマに入る前に,一般的な疑問としてよく質問されることをお聞きしたいと思います.AIとロボットの違いについて小学生にもわかるように説明しようとすると,お二人はどのように説明されますか?
浅田:私はAIとロボットの区別をつけてないという立場です.基本的にはロボットは知能を持っているし,その知能の部分だけ取り出して使おうとしたら人工知能と呼んでもいいというのが私のスタンスです.
坂本:野田先生はいかがでしょうか?
野田:「バビル2世」というマンガのなかに,主人公のバビル2世が命じると,「バベルの塔」という遺跡にあるコンピュータが勝手にいろいろなことをやってくれるという描写があります.実はこれが私の人工知能のイメージの原点です.この作品では,塔全体がロボットなので,人間の形をしているというよりは,「なぜだかわからないけれど賢く動いてくれるもの」というのが最初のイメージです.私は,会話を認識してくれるとか,危ないことがあると予見して教えてくれるとか,そういう発想が結構あったので,ハードウェアのロボットよりも,ソフトウェアの知能を志したように思います.しかし,今考えてみると,浅田会長と同じように,区別していたというよりは,単にプログラミングに興味があったというだけな気もしますね.
坂本:AIの場合は,形はなんでも良いという側面があると思うのですが,ロボットの場合は,「人間のように環境と相互作用する」ことを前提とすると,形も重要になってくると思います.そのあたりはどうお考えですか.
浅田:それはロボット屋さんでもどこに興味をもつかによると思います.もしメカニズムに興味を持つならば,環境に働きかける構造としてどのようなものがいいのかという観点からみたときに,結論は目的によって変わるというのが一般的な考え方です.一方で,私はそういった身体の機能それ自体も,知能の発達に関わっているように考えています.例えば,車輪移動するロボットにとってみれば,「車輪移動する」という身体の機能に規定される環境との相互作用によって世界の見え方が変わるはずで,知能のあり方に寄与してくると思います.その逆に,知能は,身体をメディアとして関わる世界があるからこそ,その身体に依存して世界の見え方が決まるはずだというスタンスですね.そうすると,身体のあり方を研究する人もいれば,その身体のあり方から世界をどう構築するかを研究する人もいるものだと思っています.ただし,人間とコミュニケーションをしようとすると,身体の構造が似ている方が,コミュニケーションしやすいだろうし,ロボットとしても人間と共有できる世界表現が豊かになるだろうと想定しています.
3. RSJ・JSAI両学会の関わり
坂本:両学会の歴史を辿っていくと,両者ともに1980年代に創設されています[*1].まず,それぞれ学会の目標や互いの関係性に関して,創設当時の状況と,最近どのように変化しているかに関して教えていただけますでしょうか?
浅田:RSJの方は,歴代会長をみていくと,ロボット工学・機械工学といった機械の先生が担当していました.その後,ある時から企業の先生も交互に担当するようになっていました.バリバリの機械工学がこれまで主流でしたが,情報系の先生が入ってきたのはごく最近のことだと考えています.ここ数年になって初めて,JSAIとの共同のセッションを行うようになっていますが,それまでは結構疎遠だったという風に感じています.このように,これまではRSJは機械工学の色が強かったのですが,私自身は個人的にはJSAIとの融和というか,共通部分をどんどん増やしていきたいなと思っています.
坂本:JSAIの方はどうでしょうか?
野田:JSAIは,歴代の会長にインタビューしたところ,どうやら1979年にIJCAI[*2}が東京で開催され,そのあと,1980年代に第五世代コンピュータプロジェクトや第2次人工知能ブームが背景となって創設されたようです.会員数はRSJと同じような規模で続いてきています.近年のJSAIの活動として大きいものとして,「AIマップ」(図2)というものを学会として作っていまして,さまざまな観点からAIの分野をまとめています[*3].ロボットとの関係でいうと,JSAI創立初期の頃に気にしていた先生も結構いたようなのですが,まだ時期尚早だろうということでこれまであまり深い関係を持たずにきたようです.人工知能は歴史的に哲学とか数学から入ってきた人が多いという点でロボット工学との違いがあると思います.そもそも計算機を作ること自体が知能の実現の一つだったので,人間の知能や知的な活動とは何か,という問いが根幹にあるのがJSAIの独自性だと思います.そのため,分野の関心として,最初から言語や哲学という側面が入ってきていました.人工知能とロボットとの関係が大事だという認識は10年ほど前から広がっていると思うのですが,その一つが「身体性」という観点だと思います.先程のAIマップを使って研究分野を俯瞰したとき,一番真ん中が抜けているのですよ.つまり,知能というものが何なのかさえ定義されていない状態で研究しているというのが,他の学問との違う面白いところだと思っています.全体として,その真ん中の部分を追求しつつ応用も考える,みたいな学問分野になっています.個人的には,この真ん中を埋めるためにロボットとの関係が大事かなと思っています.
図2 JSAIが作成している「AIマップ」.中央に「AIフロンティア」が広がっている.
[*1] 1983年にRSJ,1986年にJSAIが創設された.
[*2] 人工知能に関する国際会議「International Joint Conference on Artificial Intelligence」の略称.
[*3] https://www.ai-gakkai.or.jp/resource/aimap/
4. AIマップの「真ん中」には何がある?
浅田:突っ込んでいいでしょうか(笑).真ん中が抜けているというよりも,真ん中だけを取り出すことはできないのではないでしょうか?
野田:そういうふうにもいえますね.知能とは何かという定義ができた時点で研究が終わるという気がしています.ただ,それは少なくとも今のところ全くゴールが見えていないので,まだまだ発展できる学問かなと思っています.
浅田:よく「情報」と言いますが,情報だけでは学問できないように思います.情報というのは応用されるフィールドがあって初めてそこに意味が出てきます.それ以前はデータでしかなくて,データと意味の両方があって初めて情報の価値をもつと考えています.そのように考えると,応用された周辺のところで知能の意味が際立ってきて,真ん中だけ集めたとしても何も見えないような感じを受けます.このような絵を書いてしまうと,真ん中に何かがあるような気がしてきてしまうのですが,実は何もないというのが正しいようにも思えますね.
坂本:情報だけが独立してあるわけではなくて,「何のための情報か」という観点ですね.
浅田:そうです.情報だけを純粋に扱って何かをしようという観点もあり得るかもしれないけれど,例えば,「情報量」にしても何の量なのかということになりますよね.データのやりとりをしているときは,そこに機能的な意味合いが出てきて初めて情報のやり取りであると言えます.セマンティクスを除いてしまうと,データの話しかしていないように思います.知能の問題というのは,「意味合い」が出てくるという話のはずなので,そこに身体がないとまずいように思います.機械から入っている人たちは,機械があってそれにどう知能をつけるのかという話をしていますが,私は機械という身体そのものに知能が宿らなければいけない,つまり,知能に身体がつくとロボットであるという考え方です.
坂本:人工知能の研究分野には2種類ある印象を受けています.一つに,AIは元々情報を扱っているので,「何のための」という視点はあるように感じています.例えば,AIによる画像診断は,知能というよりは高性能な情報処理装置という風に考えられるように思います.一方で,「知能とは何か」という観点での人工知能に関しては,よりロボティクスとの接点が重要になるというのは自然に受け入れられるような気がします.ただ,浅田先生は,ゲームに勝つような人工知能であっても身体性が重要だという考え方であったと思うのですが,そうすると画像診断のようなものに関しても身体性は重要だと思いますか?
浅田:無理やり答えると,データを処理して特徴抽出するだけであれば分類器ですよね.しかし,私が想像するにお医者さんがやっているのは単純なデータ処理ではなくて,診断を下すときに自分の身体性を使っていると思います.お医者さんの中にある空間表象を当てはめて分類しているとすると,どこかに身体性が関わっていると思います.
坂本:JSAIから見ると両学会が連携する場合にどう進めていけばいいかという考えはありますか?
野田:これまでみてきた通り,浅田先生が言ったことと私が言ったことは相反する話をしている訳ではないと思います.では,組織として何ができるのかという話なのですが,学会は各々の研究者が自由に動けるようにサポートするのが一つの役割かなと思っています.これまでにやってきた交流のセッションもその一つだと思います.例えば,このようなマップに関して,ロボティクスの人がマップを作り替えるとするとどのような形になるのかをみてみるのも面白いかもしれないと思いました.「AIマップ」はJSAIがAIの視点でまとめてみたというものなので,違う形のマップがあると「実はこんなところが空いていますよ」というような新たな観点が得られる気がしています.
坂本:このマップだと,ロボットのところは左下の部分だけになってしまっているので,もっと違う構造が出てきそうですよね(笑).
5. 「ロボット學」再考
浅田:前回のロボット学会の招待公演で「ロボット學」をもう一回考えようという企画をしました.そこでは,一般的に「ロボティクスは諸分野の融合分野で学際的研究分野である」と言われてはいるのだけれども,それがどのようなものであるのかということについて考えてみました.その中で,ロボティクスや人工知能は,多くの学問分野が共存している「multi-desciplinary」の状態から,各学問分野が少し重なり始めて,異なる分野間の協働が始まる「inter-desciplinary」の状態にするのに寄与すると考えています.他の学問分野はどちらかというと現象を観察して説明を与える説明原理に基づいた分野ですが,ロボティクスや人工知能は設計原理なので,その設計原理を使って各分野を助けることができると思っています.さらに,これらの分野を内包し新たの規範のもとに再構築する「trans-disciplinary」な役割を担う「ロボット學」ができると思っています.つまり,RSJとJSAIは周りを吸い込む感じで他の学問分野を巻き込んでゆく必要があると思っています.例えば,ロボティクスと倫理学との関連を考えると,研究者倫理の話はもちろんですが,機械自身が倫理をもつ可能性があるのかといった,ロボット自身の倫理の問題にも取り組むことができると思います.
坂本:JSAIもこのように考えている人も多いのでしょうか?
野田:浅田先生のようには明言していないけれど考えているという人は多いと思います.例えば,私の場合はエージェントシミュレーションをメインに研究をしているので,社会学をどうやって取り込んでいくかという観点を持っています.最近だと,SNSの分析が流行っていますが,AIでシミュレーションや分析をしつつ,認知科学と社会学的な知見と対応させるというのがホットなトピックになっています.なので,実は先程の「AIマップ」の真ん中が空いている話は,ぐしゃっといろんな分野をまとめるということができて実現できるのかなと思っています.
坂本:ロボティクスと人工知能が橋渡しするように真ん中に存在しうるという考えは,他の分野からみるとどう思われているのでしょうか?
野田:身近な例を挙げると社会学です.最近で言うと計算社会科学というのが立ち上がりつつあって,データサイエンスやエージェントシミュレーションを利用して社会を再現してしまえば,社会学で言われていることの検証ができるのではないかという動きが出てきています.このような他の分野を巻き込める場が徐々に出来ているのかなと思っています.幸いにして,ディープラーニングが注目を浴び,データが大量にあり,計算力も上がって,ロボットが実世界に働きかけられるようになっているということを背景にして,いろんな分野がつながりやすくなっているように思います.
坂本:そもそも,それぞれの学会の中でお互いの学会を重要視している人はどの程度いるのでしょうか?
浅田:あんまりいないような気がしますね.以前に比べたら増えたかなという印象です.
野田:JSAIの方は,私がロボカップを始めた頃の1990年代は,ロボットを動かすこと自体が大変で,機械工学の人しかとても出来なかった時代でした.その後,AIBOなどが出てきたりして,いろいろなものがプログラマブルになってきたので,人工知能分野の人は,実はロボットを扱っていたり,学生にロボットで遊んでもらっているといった風に,ロボットに関わっているような人はかなりの割合でいるように思います.
浅田:いわゆる「学会間連携」というと身が重くてなかなか進まないので,問題を共有できる人を見つけて議論していくというように,研究者のモチベーションが高めるようなやり方でやっていくことが必要だと思います.
6. 分野の「専門化」と大学教育
坂本:教育に関していえば,大学は情報系や機械系といったように学科に組織が分かれていますよね.このあり方自体は今後もこの形でいいのか,それとも,そこ自体を崩して行った方がこのような融合が実現しやすいのか,など意見はありますか?
浅田:今の4年制の大学の在り方自体にはものすごく危機感を持っています.現在,ロボットは機械を中心に研究されていますが,本来はもっと広い分野で取り組まないと出来ない対象なのに,分断されてしまっています.
坂本:それではどうなっていくのがいいのでしょうか?
浅田:私の主張としては,新入生にはリベラルアーツの本来の意味を教えなければいけないと思っています.昔の一般教養では座学が中心でしたが,座学でない方がいいと思っています.私自身の経験で言うと,講義を座学しているよりも,自分で社会に出ていって何か取り組みやプロジェクトをする構造の方が良いだろうと思います.そのときに問題意識を持ってもらって,専門をやるときに深めてもらうのだけれど,そこから大学院でまた横に広げてもらうという仕組みを作るということが良いと思います.例えば,ロボカップは創って動かしてということを実際にやるので,修羅場をくぐるのですけれど,修羅場をくぐるとものすごく強くなるように思います.一つの領域を深めると,隣の領域を深めなくても,なぜ苦労しているのかとか,何がポイントなのかといったこと見えてきます.大学院ではそのような分野の問題を共有できる横の教育をやらなければいけないと思っています.
野田:私自身は大学の教育はあまり関わっていないので,自身の経験から話すことしか出来ないのですが,出身の京都大学や電総研(現:産総研)でも,横で他の人がやっていることを見聞きして勉強できるのが視野を広げるのに役立ったなと思っています.自分がこれまで自由にやってきてうまくいったので,若い人たちにも同じような経験をしてもらいたいと思っています.例えば,人工知能に関わりたいと思った学生の「電気系と機械系と情報系のうちどこに入ったらいいですか?」といった問い自体がなくなってくれたら良いなという気がします.
7. 「おもろい」研究をしよう
坂本:このような壁を打ち破るためには何が必要でしょうか?
浅田:今の大学ができる最低限のことは,ドライブするモチベーションを与える環境を与えることですね.つまり,学生たちが単に「それをやらなければいけないからやる」のではなくて,「自分がやりたいと思うことを実現するためにそれを修めなければいけない」というゴールや夢,自身のターゲットを定められるような環境を準備することが大学の最低限のミッションだと思いますが,今はおそらくそれすらできていないように思います.また,CiNetの柳田敏雄先生は「おもろい研究をやろう」と掲げています.「面白い」は第三者的なのですよ,一方,「おもろい」は自分で面白くする第一人称視点です.ロボカップジュニアは,子供たちに自分で夢を持ってもらう経験のための典型だと思っています.参加した子供たちが必ずしもロボット研究者になるとは限らないけれども,若い時期にそのような経験をしているということが大きな肥やしになっていると思います.
坂本:浅田先生をはじめとしてRSJでもJSAIでも活躍している人は,面白いことをいつも求めてガツガツしているイメージがあります.
野田:基本的に私は根が関西人なので,研究をウケ狙いでやるという側面があります(笑).ロボカップでシミュレーションリーグを初めたときに,学生から「こんなに面白い問題があるとは知りませんでした」という声が聞けたのは嬉しかったです.彼らはたぶんその後大学とかで勝手に勉強しているだろうと思うので,非常にいい機会を提供できたなと感じていて,これからも継続できればと思っています.一方で,特に最近はAIブームの弊害があって,機械学習ではベンチマークでいい答えを出すというのが目的としてすごく強くなってきています.確かにベンチマークも大事なのですが,そもそも学問をやるとはそういうことではないでしょうと思っています.学問をやるからには,「おもろい」と思ったから長い時間をかけて新しい方法を考えてみたり,工夫してみたりということが根幹にないと,結局横への広がりもないし,深みでてこないように思います.それが,今のように非常に狭いベンチマークで追い求めて論文に一生懸命するというのは学問として死んでいくパターンに思えます.ロボットにしてもAIにしても「おもろい」からやるんでしょ?という考えを持って欲しいですね.
坂本:この話は助成金などの枠組みを作っている人にそのまま聞かせたい話ですね(笑).申請書でベンチマークでの基準や達成事項を必ず書かされたりして,大きなやりたいことから研究が小さくなっていってしまう気がします.でもお金がないと研究はできないので,その小さい枠組みに合わせなければいけなくて,それが得意な人は取れるけれど,発散してしまう人は取れない,ということが起きていると思います.
浅田:こういうのは「したたかに」進めるしかないですね.自分のやりたいことはあるのだけど,申請書にはそのまま書けない.だから自分をやりたいことをやるためのお金をとってくるために書く,というしたたかさを研究者は持っている必要があると思います.研究というのは,基本問題を研ぎ澄ませ極めることを楽しめるかどうかですね.楽しめないと続かないから研究にならないです.
坂本:だんだんコーディネータというより,ご指導を受けている感じになってきました(笑).そのように考えると,ロボカップは夢を持てるような土壌で,自然に人工知能やロボティクスが融合するようなとても良い環境な気がします.このような経験をして育ってきた人たちが大学に来たときに死んでしまわないことが大事かなと思います.
浅田:日本の教育ではいつも平均値を高めることを目的として,内容のレベルをすごく落としています.このような底上げも大事なのですが,むしろ秀でている人,例えば,ロボカップジュニアで小学生ぐらいからプログラミングしている人たちを,邪魔せずにもっと伸ばしてプロフェショナルへ育てていかなければいけないと思います.
8. AIリテラシーのための教育プログラムのあり方
坂本:最近では,AIやデータサイエンスを小中高や大学の教育プログラムに取り入れてリテラシーレベルを高めようという動きが政府でもあります.このような教育を受けてきた人たちが増えてくると,ロボカップなどの先端的な目標にはどのような影響が出てくるでしょうか?
野田:このような広い対象を前提にしたプログラムでは,どちらかというとロボカップのようなものが内容の一つとして取り込まれる方が面白い展開だと思います.例えば,政府の方々は「データがあれば何か処理できるんでしょ」と思っている面があるようですが,実際にビックデータを触ってみると,データは汚れていて大量の例外処理を必要としている,といったことが理解されていないと感じています.ロボカップでも,想定外なことがたくさん出てくる中で,それらをどう手懐けるかが大事になってきます.もし広い層の人々にリテラシーを高めてもらおうと思うと,データは普通に集めると汚れてしまって,それを使えるようにするには,どれだけの努力をしなければいけないか,実世界を手懐けるのがいかに大変か,ということを分かってもらうのが最初の目標になると思います.こういうところは,トップレベルの人だけではなく,できるだけ多くの人が気づけることが国全体としての力になるように思います.
浅田:ロボカップである必要はありませんが,体験型でデータがどういう意味を持つのかが理解できなければ,データサイエンスをやるモチベーションにつながらないと思います.こちらの方を先に取り組むべきだと思います.
野田:政府が作るこの手の問題集って大抵つまらないですよね(笑).いつも「花子さんが・・・」といったイメージです.それよりも,例えば「データソースはなんでもありでAKB総選挙の結果を予想します」とかそういうテーマの方が結果がはっきりわかるし,リアルなデータや実世界の要素が組み込まれていて勉強になる気がします.
浅田:そして,できれば体験型のフィールドがたくさん用意されていることが大事だと思います.生徒や学生自体は,関心のあるフィールドの問題を解くというモチベーションを保ちながら,結果としてリテラシーがついてくるという仕組みを作れるといいと思います.リテラシーを最初から前面に押し出してしまうと,それだけで終わってしまうと思います.これまでロボカップはとても教育に良いということを述べてきたのですが,ロボカッパーは,「なんとかなる」のではなく「なんとかする」んですよ.この根性は私自身にとってもものすごい人生の糧になっています.
9. ロボカップ創設の経緯とこれから
坂本:ロボカップを始めた時の思いと,それがどう変わってきて,今後どうなるといいなという考えはありますか?
浅田:もし最初にこれまでの苦労がわかっていたら,ロボカップを始めていないと思いますね.わからないからできたということですね.ロボカップを最初に始めた時は,強化学習を使うという研究的な意味が大きかったのですが,これだけ広まってくると,色々な意味での問題が出てきて方向性も変わってきています.ロボカップでは世界中に関係者が精力的に動いているのでその動きに任せています.
坂本:ロボカップでは,2050年までに,自律型の人間・ロボットチームを作って,人間のサッカーの世界チャンピオンに勝つという目標がありますが,これに関してはどのような見通しでしょうか.
浅田:あと30年しかないですよね.2050年に勝つという目標から何ができてないといけないかを逆算すると,あまりできてないですね.特に,まだ走れていないですよね.至る所に問題があると思いますが,まずは身体というハードウェアに関して,走ってジャンプできる身体が必要だと思います.最近は,硬いロボットではなくて,柔らかいロボットとしてソフトロボティクスが流行っていますけれど,そのような面が重要になると思います.二つ目は全身の触覚センサも含めてセンサで,三つ目は人工知能を含めた認知,これら全部で問題が残っています.
坂本:ボストンダイナミクス社のロボットは飛んだり跳ねたりできているようですがどう思いますか?
浅田:あれはものすごいエンジニアリングです.もちろん結果は素晴らしいと思いますが,エンジニアリングを突き詰めていった結果として人間と似ましたということだと思います.エンジニアリングの中で,さまざまな部分でノウハウがたくさん蓄積されているということだと思いますが,プラットフォームにはなっていません.一方,ロボカップの小型リーグでは,シミュレーションリーグでコードを交換すると簡単に再現できるのと同じように,ロボットのハードウェアの共通基盤を作ろうとしています.この取り組みがどの位うまくいくかは分かりませんが,もしうまくいくと,ある程度知っている人だったら使えるプラットフォームとして広まっていくように思います.最先端技術として上を伸ばすという話と,みんながやるからいろんな視点が集まってさまざまな問題が解決されるというロボカップの発想も大事だと思います.このあたりの基盤が2020年の段階でまだ見えてきていないので,少し厳しいかなという気がしますが,最先端の方はある程度はいくかなという気はしています.
野田:実現できるかどうかの予想は,私は楽観視側にいます.つまり,私がハードウェアのことをよくわかっていないせいもあると思いますが,お金をかければある程度のところまでいくのではないかと考えています.自分はエージェントの研究からきているので,チームワークに興味を持っています.ロボット同士のチームワークはプログラムしてしまえばいいのであまり面白くないのですが,私がロボカップで実現したいのは,ロボット対人間ではなくて,ロボット人間混成チームがちゃんと機能するかを見ることです.この場合,人間はロボットが考えていることを理解しなければいけないし,ロボットは人間の意図を理解しなければいけないという深い問題を持っていると思います.ここに関しては,全然まだまだ手がつけられていないように思います.この技術はロボカップだけではなくて,ロボットが人々の間で意思疎通しながら違和感なく動くために重要になると思います.
10. ロボットの心・自我は実現可能か?
坂本:人間の心とか気持ちを理解しなければいけないという話が出てきましたが,このあたりは実現可能なものでしょうか?
浅田:私としてはアタックしたい課題です.これまで「身体性」というときは,外の運動系しか扱っていませんでしたが,内受容系の感覚を持たない限りは,自分という概念(self)や主体感(sense of agency),モチベーションが揃ってこないという風に思います.この場合の「身体」としては,ソフトロボティクスで劣化(老化)するような身体を使って,そのこと自体をロボットが認識し,「自分は老いて,死にゆく運命である」という生命感のようなものが出てくることが大事になるように思うし,まさにアタックしたい内容です.そこで,私が現在,研究しているのは「痛覚」です.下條信輔先生からは「単に足せばいい話かよ」と痛烈な批判を受けましたけれど,もちろん足せばいい話ではないですが,痛覚があることによって共感が生まれ,モラルやチームワークにつながる可能性があると思っています.マルチエージェントの学習をやったときに他者らしきものの表象が出てくる,ということをやりたいです.
坂本:ロボットには「心」がないからこそ強いという面もある気がしますが,人間のことを理解するためには「心」を持っていないといけないという話でしょうか.
浅田:まさしくその通りです.もちろんその話をすると,倫理的に許されるのかという話から,人間の痛みなんて決してわかる訳がないという話まで.ものすごい反対があるわけです.ただ,人間だって本当はわかっていなくて誤解しかできていないのですが,それを共有することによって生まれてくるもの自体に,倫理や法も関係してくるような新しい価値があると思っています.宇宙と生命は永遠のテーマですが,同じようにロボットの研究も永遠に続く問題である一方,ロボットの場合は創れるので,その度ごとに社会に対して新しい価値観や未来のイメージを想像させることができると思います.
野田:今の浅田先生の自我(self)の話にはほとんどの部分で同意なのですが,一点だけ違うなと思うのは,私は「チームワークが自我の生まれる原因ではないか」と思っていることです.相手は自分と相似であるという仮定を入れると計算量を抑えられるはずです.また,例えば,無人島で生まれた人に自我が生まれるかというとそうではない気がします.自分と同等な何か別のものと一緒に何かをしなければいけない,という文脈がないと,ただ単に反応系を学習してしまって,自我が生まれる必然性がないと思います.実は同等な他者がいる社会で何かを成さなければいけないというのが自我の根源で,そこから別の関係が出てくるという仮説を立てていて,これをなんとかして示せないかと思っています.
浅田:私がいつも講演で言っていることですけれども,相互作用が大切で一人では自我が生まれないということですね.もう一つ加えると,私が痛みの話を「自己体験から始まって他者に移す」と説明しますが,下條信輔先生はそれとは逆に社会性が先だと考えているようです.つまり,他者の痛みの表現が先に来て,それを自分にマップするということです.これは自己が先か他者が先かというよく議論になる話と関連しているのですが,私はロボット屋として創っていかなければいけないので,最初は自分だという風に思ってしまいます.最初はecological selfから始まって,interpersonal self,最後にsocial selfになっていくということです.それなので,最初のecological selfの他者を区別しない環境から考え始めてしまうのだけれども,下條信輔先生はむしろ逆に,他者がいるからこそ自分が出てくると主張していて,私は,それはそれであり得るなと思っています.
11. 世界のなかで両学会がどうあるべきか?
坂本:ここまでお話ししてきて今さら気がついたのですが,野田先生はマルチエージェントや社会シミュレーションが専門で,浅田先生はインタラクションを重要視していて,両学会の会長の考え方が共通しているのですね.
野田:だからロボカップを一緒に始めました(笑).
坂本:そういう意味では,すごく今がチャンスというか,融合するための良いタイミングになっているといえそうですね.最後に,世界では,中国がロボットの研究を発展させていて,GAFAをはじめとした欧米諸国がAIの研究開発を急速に推し進めているという中で,両学会がどのようにあるべきか,という考えはありますか?
浅田:ディープラーニング的な「量」だけではなくて,「質」への移行が必要になると考えています.アメリカや中国はAIの研究に大規模に投資していますよね.その中で,欧米はロボットとの繋がりはそこまで強くないように思います.一方で,日本はものづくりの技術があるので,ハードと繋がった知能が質への問題に転換できるかが重要になると思います.そういったところはまだ誰もチャレンジしていないところなので,世界をリードして発展に貢献できる部分だと思うし,RSJとJSAIが密にやっていける部分だと思います.
野田:産総研では「連携ラボ」といって企業の人たちと一緒にやっていますが,実際の現場があると色々と話が進むと思っています.幸いにして日本には,世界的な企業があってデータを色々持っているし技術者もいるので,そこに学術界が貢献するチャンスがまだまだ広がっているように思います.RSJもJSAIも規模も似ていて,比較的身軽で動きやすい学会としてそういうところに協力してゆくと,学問的にも非常に発展するチャンスだと思うので,一緒に進めていけるといいなと思います.
浅田:では若手の合同シンポジウムでも一緒にやりましょうよ.
坂本:これからも面白いシンポジウムなど面白いことをやっていけるといいですね.
浅田・野田:面白いではなく「おもろい」ですね.
坂本:そうでした,「おもろい」です(笑).今日は色々な話がお聞きできて非常に嬉しかったです.ありがとうございました.
コーディネータ
坂本真樹 (Maki Sakamoto)
1998 年東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻博士課程修了(博士(学術)).電気通信大学大学院情報理工学研究科及び人工知能先端研究センター教授.2020年より同大副学長.日本学術会議連携会員.人工知能学会元理事.感性AI株式会社取締役COO.一般社団法人スマートシティ・インスティテュートエグゼクティブアドバイザー.内閣府数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度検討会議構成員.著書「坂本真樹先生が教える人工知能がほぼほぼわかる本」(オーム社)は2020年4月採用国語の教科書(学校図書)にも転載されている.
サマリ執筆
松嶋 達也 (Tatsuya Matsushima)
1996年神奈川県生まれ.東京大学大学院工学系研究科博士課程在学中.人間と共生できるような適応的なロボットの開発や,生命性や知能を構成的に理解することに関心がある.現在はロボット学習の研究を行う.
津村 賢宏 (Takahiro Tsumura)
1996年横浜生まれ,大阪育ち.2019年総合研究大学院大学複合科学研究科情報学専攻入学.現在同大学院大学在学.人間と擬人化エージェント間の共感について研究.哲学や政治,経済など幅広い分野にも進出を図る.