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みのつぶ短信第26回「研究者のあるべき姿」


 

遅れましたが,本年もよろしくお願いいたします.年末の読書から,印象深かった以下の書籍の紹介をかねて,分野を問わず,研究者のあるべき姿を示そうと思う.書名は「世界を騙しつづける科学者たち〈上・下〉」[1]で,著者はナオミ・オレスケス(Naomi Oreskes)氏とエリック・M・コンウェイ(Erik M. Conway)氏,翻訳が福岡洋一氏である.オレスケス氏は,アメリカ合衆国の科学史家,科学哲学者で,主な研究対象は地球科学および環境科学,近年では地球温暖化についての科学者の議論について活発に論じている.コンウェイ氏は,カリフォルニア工科大学のNASA JPL研究所の科学史研究家である.


まずタイトルだが,原題は「Merchants of Doubt : How a Handful of Scientists Obscured the Truth on Issues from Tobacco Smoke to Global Warming」で和訳とかなり異なる.これを直訳すれば,「疑惑の商人たち:一握りの科学者が喫煙から地球温暖化に至る社会問題をいかに真実からさえぎってきたか?」である.これは,非常にストレートに内容を表しているが.商人=一握りの科学者?が謎掛け的であり,これらも著者らの意図であろうか?あとで,この話題に触れる.日本語タイトルは,これはこれで十分読者を惹きつけているので,ある意味成功していると言えるだろう.


扱われた社会問題は喫煙(二次喫煙を含む),米国戦略防衛,酸性雨,オゾンホール,地球温暖化にいたり,同じ科学者(物理学者)がこれらに関与してきた点が非常に重要である.どういうことであろうか?これらの社会課題に対して真実から目をそらせる共通の戦略は,規制に反対する側は,科学的なコンセンサスが成立した後になっても疑念を喚起して混乱を作り出すことで「論争を終わらせずにおく」という基本戦術を取ったことである.


喫煙に関しては,かなり悪質で,業界自体は1950年代初頭から害があることを認識しながら,発がんとの関係が完全に明確(科学ではありえず,確率的に可能性が高いというのが正しい表現だが,正確すぎると大衆には伝わりにくい)でないと,あいまいにすることで,規制派を攻撃してきた.業界に癒着したシンクタンクが暗躍し,マスコミも乗せられてきた.なぜなら,著名な科学者(物理学者であり,当の問題の専門分野ではないことに注意!)が,そこに介在したからである.この構造が他の社会課題にも共通する.すなわち同じ科学者が介在してきたのである.業界と癒着し,科学における真理追求の精神を忘れ,私腹を肥やしてきた意味で,「商人」である.巨額な研究費を費やして,御用科学者の成果のみを公表し,マスメディアを巧妙にコントロールしてきたのである.これは現在でも行われていることであろう.なぜか?反共主義のイデオロギーに毒され,科学者としての倫理観を喪失したと想定されている.もちろん,このことが,すなわち,科学者,研究者としてのコンプライアンスに欠けていることが一番重要なメッセージだが,加えて,以下の点が指摘されよう.


(1)マスメディアの責任:いかに著名な科学者からのコメントでもきちんと裏をとらないとだめだが,かれらも騙されてしまった.すなわち,すでに科学的事実として認められていることがらを「商人」たちに騙されて,誤った情報として一般大衆に流したことで,科学的事実が歪曲して伝えられ,その修正が著しく困難であることだ.


(2)科学者の責任:科学者のコミュニティではピア・レビューのジャーナルに論文が掲載されれば,一段落で次の研究テーマに向かう.論文が掲載されることで,コミュニティ内で認められ,評価もされているからである.なので,誤った情報がメディアで流れても,かれらの属するコミュニティで認められていれば,それ以上,気にかけない.この態度が「商人」たちに隙を与え,彼らがメディアを巻き込んで,彼らの意図通りに大衆を操作させてきた.この教訓は科学者は,自身の成果を発表するだけでなく,それが大衆にどのように伝わる可能性があるかも,きちんと見据えないといけないことだ.誤った情報が流れている兆候があれば,ただちに正しい情報を伝える努力を惜しんではいけない.常々,自身の研究が社会にどのような影響を与えるかを考慮しなければいけない.そのためには学会をもっとオープンにし,さまざまなフィードバックを迅速かつ正確に収集できる体制が必要である.これは,科学に限らず,さまざまな学会でもありうることである.学会は一般大衆にオープンと称しながら,実際は,ほとんど専門家しかあつまらない.本学会もロボット工学者がほとんどである.筆者が副理事長を務める「日本赤ちゃん学会」は弱小ながらも,さまざまな分野の研究者に加え,介護士や保育士,そして普通のおかあさんたちも参加する,真に開かれた学会だとみなせる.日本ロボット学会もそのようにあるべきと考え,人文社会系をとりこむことを副会長時代から目論できた.学会誌の新年号の特集企画,さらには,論文カテゴリーにも人文社会系を追加した.ロボット学会を工学者だけでなく,真に開かれた学会にする上で,重要な点であると考えている,


(3)研究者のあるべき姿:さて,最後のポイントである.本書の執筆にあたり,著者たちは,数十万点に及ぶ膨大な資料に目を通したとのことである.これだけの書を著すには,当然だが,れっきとしたエビデンスが必要で,「商人」たちにつつかれても,きっぱり反論できる材料を揃えておく必要がある.彼らは徹底してそれを行った.巻末の多数の参考文献等はその氷山の一角であり,彼らの努力に敬服する.これこそが,真の研究者の最も基本的かつ重要な姿勢であろう.


上記以外にも,多くのそして重要な示唆を与えてくれる書物である.10年以上前の出版だが,現在もおなじ課題が続いていると感じる.


[1] 世界を騙しつづける科学者たち〈上・下〉,ナオミ・オレスケス + エリック・M・コンウェイ (著), 福岡洋一 (翻訳),楽工社,2011.

 

浅田稔

元会長,現在,大阪国際工科専門職大学 副学長,及び大阪大学先導的学際研究機構 共生知能システム研究センター特任教授