初出:日本ロボット学会誌,2014 年 32 巻 3 号 p. 226-230
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解説
洗濯機の振動制御・モータ制御技術
小池敏文,会田修司,坂本国弘,仁木亨
1 はじめに
家庭用洗濯機は, 洗い・すすぎだけの一槽式から始まり, 脱水槽を備えた二槽式, 洗濯槽が脱水槽を兼ねる全自動式と進化してきた. そして現在では乾燥まで自動で行う洗濯乾燥機が主流になりつつある. 最近の洗濯機の国内需要は, 年間450万台程度であり, 95%以上が全自動式で, そのうちの約30%は洗濯乾燥機である. 国内で販売されている洗濯機は, 洗浄方式により渦巻き式( 図1)とドラム式( 図2)に分けられる. 全自動式は, 洗濯槽は脱水槽を兼ね, 洗濯水を溜める外槽の内側に回転可能に洗濯槽を設け, これを筐体に防振装置(サスペンション)で支持し, 洗濯槽の振動が筐体や床に伝わり難い構造となっている.
渦巻き式は, 日本で発達した方式で, 最も普及している. 縦に置いた洗濯槽に水を溜め, 洗濯槽底面に放射状の突起を有する攪拌翼を設け, これを回転させて洗う(もみ洗い)方式である(一般にタテ型と呼んでいる). モータと攪拌翼の間にはクラッチが設けられており, 洗いやすすぎ時は洗濯槽を固定して攪拌翼を回転し, 脱水時は洗濯槽と攪拌翼を一体に回転するようになっている. 洗浄力は高いが, 衣類が絡みやすい, 使用水量が多いという弱点がある. 絡みを防ぐため, 攪拌翼の回転方向を切り替えて正逆回転させている.
ドラム式はヨーロッパで発達した方式で, ドラム(洗濯槽)を横に置き, これに少量の水を溜め, 水平軸回りに回転させてドラム内部に設けた突板(リフタ)で衣類を持ち上げて落下させて洗う(たたき洗い)方式である. 使用水量が少なく布絡みも少ないが, 洗浄力が比較的低い, 脱水時に衣類の片寄りが発生しやすく振動が起きやすいという弱点がある. そこで, ドラム径を大きくしたりドラム容積を大きくすることで, たたき洗いの効果を最大限に引き出し, 洗浄性能を向上させている. 脱水時の振動も, 本稿で述べる技術により低振動化が図られ, 木造住宅が多い日本でも増加している.
Figure 1: タテ型全自動洗濯機の概略構造
Figure 2: ドラム式洗濯乾燥機の概略構造
洗濯機には, 基本機能である洗濯性能, 乾燥性能はもちろん, 省エネ性, 節水性などが求められている. 最近は, 共働き世帯や単身世帯が増加し, 夜間に洗濯を行う家が増加している. また, 乾燥の省エネ化のために乾燥前に行う脱水の高速回転化が進んでいる. このような背景から, 低騒音化や低振動化への要求がますます高まっている. このため, 洗濯槽を低速から高速まで安定に静かに駆動できる高性能モータや, 高度な振動制御技術が求められている. 本稿では, ドラム式洗濯機を例にして, 振動制御技術とモータおよびその制御技術について述べる.
2 ドラム式洗濯機の低振動化
当社のドラム式洗濯機の低振動構造について, 図3を用いて説明する. 5重流体バランサは, 内蔵液体が衣類の片寄りと反対側に移動し, 発生したアンバランスを低減させる効果がある. 径方向に多層化すると, 流体バランサを複数個装着したことと等価となり効果が増加する. また, 振動の大小に応じて減衰力が変化するツインアクションサスは, 自動車用サスペンション技術を応用して開発した. 共振通過時のように振動が大きい時は減衰力が大きくなり振動を抑え, 振動が小さい定常回転時には減衰力が小さくなり床に伝達する力を減少させ, 振動・騒音を抑える. さらに, 慣性力を増加させ振動量を低減するために, 外槽に重り(ウエイト)を装着している. これらの振動低減構造については, 実機での試験に加えて, 各種解析により各部の高剛性化やサスペンション, ウエイトの最適化を実施している[1, 2]. 3軸(3D)加速度センサは, 外槽に装着され, 脱水運転時の外槽の複雑な振動を常に検知し, 振動が小さくなるよう運転制御に利用している.
Figure 3: ドラム式洗濯乾燥機の低振動技術
脱水運転時に衣類の片寄りによるアンバランスがあると, 遠心力の不つりあいによる加振力が発生し, 振動や騒音を発生する場合がある. 脱水運転工程は, 図4に示すように「張り付け」,「共振通過」,「定常回転」の三つの回転域で構成されている. 一つめの「張り付け」時は, ドラムの回転数を停止状態から徐々に上昇させていく. 遠心力が重力より勝るようになると, リフタで持ち上げられて重力で落下していた衣類はドラム内面に張り付き始める. このとき, ドラムの円周方向に対して衣類の質量分布が均等になるようにすることが重要で, 3D加速度センサやモータの回転数変動などで張り付き状態を検知しながら, モータの回転数や加速率を制御している. 二つめの「共振通過」時は外槽の共振回転数を通過するため, アンバランスが大きいと外槽の振動が大きくなり, 筺体への衝突や, 筺体から床に伝達する力が増大してしまう. そこで, 外槽の振動が過大にならないように, 3D加速度センサで常に振動を検知しながらドラムの回転数を上昇させている. 最後の「定常回転」時は, ドラムが高速で回転することにより衣類に含まれる水分を遠心力で排出させて, 所定時間経過後に脱水運転を完了する. この回転域でも, 3D加速度センサで常に振動を検知し, 振動の大きさに応じた運転を行っている.
Figure 4: 脱水運転時の工程
Figure 5: 各脱水工程の振動量による運転制御
洗濯機では普通, 種々の布質, 大きさの衣類を一緒に洗濯する. このため, 衣類ごとの含水量が異なり, 衣類を均等に張り付けるのが非常に難しい. また, 脱水初期には質量分布が均等でも脱水が進むとアンバランスが増加してしまうことがある. そこで, 3D加速度センサ等で検知した振動が所定量以上の場合は, 図5に示す運転制御によりアンバランスの補正を行っている. 脱水回転数が低い「張り付け」時や「共振通過」時は, 一度ドラムの回転を停止し再度脱水工程を行う「リトライ」を行う. しかし, 脱水回転数が十分高くなっている「定常回転」時は,「リトライ」を行うと運転時間が大幅に延びるため,「リトライ」は行わず回転数を低下させて, 振動を抑える運転を行う.
以上のように, 振動低減構造と3D加速度センサ等によるセンシング技術とモータ回転制御, 運転制御技術を組み合わせることにより, 少ない「リトライ」回数で振動, 騒音が小さな脱水運転を実現している.
Table 1: 動力伝達方式の特徴
Table 2: 洗濯機モータの種類と特徴
3 モータの振動・騒音低減
ここではモータでの低振動・低騒音化について, 主に洗濯槽を駆動するメインモータについて解説する. 洗濯機でのモータから洗濯槽への動力伝達方式としては, ベルト駆動方式, ギヤ駆動方式, ダイレクト駆動方式に大別され, 表1に示すような特徴がある. 最近では集合住宅居住者で近隣への振動・騒音を気にされる方の増加や, 昼間は洗濯できないため, 夜間寝ている間に洗濯から乾燥まで行いたいというニーズが増えてきていることから, ドラム式洗濯乾燥機では低振動・低騒音に優れたダイレクト駆動方式を採用している.
また, 使用するモータの種類としては主に誘導モータ, ブラシレスモータがあり, それぞれの 表2のような特徴をもっている. 近年は低振動・低騒音に加え, 回転数制御が容易に行え, 省エネ性に優れることから, ブラシレスモータを使用する洗濯機が多い. この背景としてパワー半導体素子の性能向上やモータ制御技術の向上がある.
モータから発生した振動が洗濯機内の各部位へと伝わり, モータの振動周波数と共振する箇所があればそこから振動・騒音として発生し, 我々が感じることになる. 低振動・低騒音を実現するにはモータの加振力を低減することや, 各部位と避共振となるように対策をとる必要がある.
Figure 6: メインモータ(ブラシレスモータ)外観
Figure 7: 電磁界有限要素法解析例
モータの加振力低減では, 磁極の多極化が有効である. 当社では, 56極ロータを採用することにより, 加振源の一つであるロータのコギングトルクを最小限にするよう設計している( 図6). また有限要素法の磁界解析ソフトを用い, モータが発生する加振力を定量的に求め最終的なモータの仕様決定に活用している[3]. 図7に, 電磁界有限要素法解析による解析の一例を示す.
避共振の面では, 振動系CAE(Computer Aided Engineering)解析ソフトを用いて構想段階から各部品の共振周波数を求めることができる. このように設計の初期段階からソフトウェアにて解析を行い, 開発工数の低減と開発スピードの向上を図っている. 図8は, 高速の風を衣類に吹き付けながら乾燥を行い, しわの少ない乾燥(風アイロン機能)を実現するために開発した高速, 高圧力ファンモータに対する解析結果の一例である.
Figure 8: 振動系CAE解析例(風アイロン用モータ)
4 モータ制御
昨今の洗濯機には, インバータ制御によって駆動されるモータが複数組み込まれていることが多い. 例えばドラム式洗濯乾燥機においては, 洗濯槽(ドラム)を駆動するメインモータのほか,「風アイロン」機能を実現するためのファンモータ, 高い洗浄性能と節水を実現するために, 槽内の洗浄水を循環させる循環ポンプモータが搭載されている. それぞれに求められる性能は大きく異なっており, 例えばメインモータでは洗濯時には30~50 [r/min]で40 [Nm]程度の高トルク性能が求められるとともに, 脱水時には最大1,900 [r/min]の高速回転性能が求められる. ファンモータでは, しわの少ない乾燥と省エネ性を両立するため, 最大16,000 [r/min]で高速回転させつつ, 消費する電流を最小化する必要がある.
上記のようなモータ制御としての基本性能のほか, 製品特有の機能として, 洗濯する衣類の量を検出する機能や洗濯槽(ドラム)内の衣類片寄りの検出をする機能も求められており, センサ機能としての一面も持ち合わせている.
ドラムを駆動する, モータ制御ソフトウェアのシステム構成図を 図9に示す. ソフトウェア部分はモータ制御ソフト, 工程制御ソフトの2種類に分かれている. また, これらで得られた出力情報をもとに駆動されるインバータ, モータがある.
工程制御ソフトは, 顧客の求める動作(「標準コース」「おいそぎコース」)などに対し洗濯機の全体動作を制御する部分であり, ここからメインモータの目標回転数(回転数指令)が与えられる. モータ制御ソフトは, 与えられた目標回転数で回転させるため,「ベクトル演算」部,「PWM波形生成」部,「回転数計測」部の3機能を,33 [s]~500 [s]のサンプリング期間で演算させている.
Figure 9: モータ制御ソフト システム構成図
ベクトル演算部では, 目標回転数と現在のモータの回転数の偏差をもとに, モータに印加すべき電圧指令値を算出し, モータをモデル化した電圧方程式に基づいた演算を行うことで所望の電圧指令値を得る.
PWM波形生成部は, ベクトル演算部で得られた電圧指令値をもとに3相交流に対応したパルス信号を生成する. このパルス信号をもとにインバータ回路が駆動され, モータに電圧を印加することでモータが回転する. モータの回転情報は, 回転数計測部で逐次計測され, 他の制御機能へフィードバックしている.
以上のような演算を細かく行うことで, モータに印加する電圧をなめらかにし, 省エネ性能と騒音の低減に貢献している.
5 おわりに
洗濯機は普及率100%で成熟型の製品であるが, 洗浄性能や省エネ性の向上が望まれ, 次々に新しい技術が搭載されている. また, 高機能繊維や濃縮型液体洗剤などが次々に開発されており, これらへの対応も求められる. 今後も, 新技術により新しいお客様価値を創造し, さらに進化した洗濯機を提供していきたい.
References
[1] 黒澤, 会田, 上甲, 松本:“実験計画法を用いたドラム式洗濯機の防振構造最適化”, 環境工学総合シンポジウム 2013, no.13–15, pp.94–95, 2013.
[2] 上甲, 黒澤, 高橋:“ドラム式洗濯乾燥機における防振構造の多目的最適化”, Dynamics & Design Conference 2012, 2012.
[3] 宮田:“辺要素有限要素法による磁界解析について”, 電気学会論文誌C, vol.124, no.7, pp.1404–1409, 2004.
小池敏文(Toshifumi Koike)
1974年長野県立岡谷工業高等学校卒業. 同年(株)日立製作所機械研究所入社. 同日立研究所を経て2012年から日立アプライアンス(株)家電事業部 多賀家電本部 生産技術部所属. 産業機械用の軸受・シールなどの研究を経て, 洗濯機の研究開発に従事. 日本機械学会正会員, 日本油化学会会員.
坂本国弘(Kunihiro Sakamoto)
1997年科学技術学園高等学校日立卒業. 同年(株)日立製作所電化機器事業部に入社. 現在日立アプライアンス(株)家電事業部 多賀家電本部 モータ・ファン開発センタ所属, 洗濯機モータの設計に従事.
会田修司(Shuji Aita)
1984年山形県立鶴岡工業高等学校卒業. 同年(株)日立製作所機械研究所に入社, 2011年から日立研究所生活家電研究部に所属. 磁気ディスク, プリンタ等の振動・騒音低減の研究を経て, 洗濯機の振動・騒音低減の研究に従事. 日本機械学会正会員.
仁木亨(Toru Niki)
2001年茨城大学大学院博士前期課程(修士課程)修了. 同年(株)日立製作所電化機器事業部に入社. 現在日立アプライアンス(株)家電事業部 多賀家電本部電子制御設計部所属, インバータ制御設計に従事. 電気学会正会員.fig/ninki