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スマート農業の推進


初出:日本ロボット学会誌,2017 年 35 巻 5 号 p. 362-365

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解説

スマート農業の推進

 安岡 澄人

 

我が国農業の直面する課題

我が国農業は様々な課題に直面している. 特に人手不足は深刻な問題である. 農業就業人口の平均年齢は66歳で,  1[1]に示すとおり, 65歳以上が6割以上を占めるこの年代が今後リタイヤしていくことに加え, 地方での人口減少や産業間での労働力確保の競争が激しくなり, 農業での人手不足が一層深刻になることが想定される.

こうした状況に対して, 農業現場の実情は厳しい. いまだに多くの作業を人手に依存しているほか, 危険な作業やきつい作業も多い. 品目により機械化の状況は大きく異なるが, 野菜や果樹等の園芸作物では収穫や管理作業などほとんどの作業を手作業に依存している. また, 季節性がある作業が多く, 収穫期には収穫だけでなく選果作業なども集中し, 限られた期間に雇用労働力が大量に必要となる品目も多い.人手の確保ができなくなることで, 現状どおりの農業生産の維持が難しくなる地域も徐々に出てきている.

 

 

 

Figure  1: 農業就業人口の年齢構成(平成27年)

 

 

 

 

Figure  2: スマート農業の将来像

 

 

こうした中で新規就農者の確保が重要である. しかし, 新規就農者を増やすためには, 人手に依存するきつい作業が多く, 技術修得に時間を要する現状は改善が必要である. 農業はマニュアル化が難しいノウハウ的な技術が多く, 普通の作物では年に1回しか経験できないので, 水やり10年のように新規就農者が熟練農業者のようにノウハウを身につけるのに長く時間を要している. こうした状況を改善することが必要となっている.

 

スマート農業の推進

こうした農業が直面する課題の解決策の一つが, ロボット技術やICTの活用による新たな農業である「スマート農業」の推進である. これまで進めてきたスマート農業の推進に向けた主な施策を紹介する.

(1)スマート農業の戦略

ロボット技術やICTが農業現場でどのように活用可能で課題解決に貢献できるか, 農業者やロボット, ICT企業など関係者でイメージを共有し, 戦略的に研究開発や条件整備を進めるため, 将来像の策定から開始した. 20133月にスマート農業の実現に向けた研究会での中間まとめで示した将来像を 2[2]に示す. ロボット技術やICTの導入によりもたらされる新たな農業の姿として,農業機械の自動走行等による超省力・大規模生産の実現,センシング技術や過去のデータを活用した精密農業による作物のポテンシャルの発揮,アシストスーツや除草ロボットによるきつい, 危険な作業からの解放,運転アシスト装置などでの誰もが取り組みやすい農業の実現,クラウドシステム等による産地と消費者の連携1zw の五つの方向性を示した.この際, 開発等のロードマップのほか, 農業ICTの標準化, 自動走行などのロボット技術の安全確保策などの解決すべき課題なども特定し, 関係者と戦略を共有しながら様々な施策の具体化に取り組んでいる.

同研究会では, その後,  1[3]のとおり,優先的に取り組むべきロボット技術の開発課題を特定したほか, 201611月には政府の第四次産業革命の動きを踏まえ, 人工知能やIoTなどの先端技術を活用した新たな農業の可能性なども 3[4]のように示している.

 

 

表1 ロボット技術に対する現場のニーズと今後の技術開発の課題

 

 

 

 

Figure  3: 農業における人工知能やIoTの活用の可能性(イメージ)

 

 

また, 政府全体の動きの中でも, 2015年に示した「ロボット新戦略」において,農業は重点的に取り組むべき分野の一つとして位置付けられるなど, 政府の成長戦略にも位置付けられる重要課題となっている. 2016年の官民対話では, 総理から農業機械の自動走行について, 2018年までに有人監視下での自動走行システムの市販化, 2020年までに遠隔監視下での無人走行システムの実用化などの目標が示されているところである.

 

スマート農業の推進施策

スマート農業の推進施策は,研究開発,導入促進,環境づくりの三つの取組に分けられる. 現場に役立つ技術やサービスを開発し, 現場での実装・普及を進めるほか, 普及・導入が進みやすくなる条件や環境の整備に取り組んでいる.

研究開発は, 内閣府のSIPの次世代農林水産業において, PDである北海道大学野口教授の下で, 各省庁, 大学, 企業, 研究機関が連携して農業機械の自動走行をはじめとしたロボット技術やICTを活用した土地利用型作物の次世代生産システムの開発等に取り組んでいる. また, 革新的技術開発緊急推進事業において, 低コストな除草ロボットなどの現場実装を見据え開発目標を明確にした研究開発を進めるほか, 果菜類や果樹などの収穫作業のロボット化などの人工知能等の先進技術を活用した先導的な研究開発なども進めており, 様々な主体の協力を得て戦略的に研究開発を進めている.

環境整備としては, 農業機械の自動走行等の実用化の鍵となる安全性確保の課題に対応するため,ガイドラインの策定などを進めているほか, 異なったシステムの間のデータ連携などを進めるため, データの標準化やデータ連携基盤の構築などの取組も進めているところである.

 

今後更に進めるうえでの課題

最後に, ロボット技術の活用を中心にスマート農業をさらに進めるうえでの課題をこれまでの経験を基に記載する.

(1) 人工知能やIoT・データとの融合

農業分野でこれまで機械化できなかった作業の多くは, トマトの収穫のように,熟したトマトの場所を判断するような認識が必要なものであったり,傷つかないように作物の状況に応じて作業を考え収穫するといった不均一で複雑な作業である. 松尾(2016)によると, 農業はディープラーニングの強みを発揮してロボット開発ができる産業分野の一つとされている[5] 人工知能による画像認識を活用することで認識して作業するロボット化が可能になるほか, 自然を相手にした農家の複雑な作業は反復して習熟を重ねディープラーニング技術を活用することでロボット化が加速化されることが期待される.

もう一つの視点は, IoTによるデータの活用である. 勘と経験に頼っていた農業は, 今後は熟練農業者のノウハウをデータ化して継承し, データを活用して経営や生産を改善するほか, ビッグデータで自然の複雑な因果関係を解明して生産性を高める方向に向かうであろう. そうした際に, 農業分野でのロボットは, 単に人の作業を代替するだけでなく, データを基に高度な作業を可能にするとともに, 作業と同時にセンシングをすることでデータを作る主体としても重要になると考えられる.

(2) コストを重視した社会実装につながる技術開発

どんな優れた技術であっても導入コストが高く農家が投資できなければ社会実装されない. この点が農業分野のロボットでは特に重要な課題である. いかにして農業者が投資する気になる価格レベルと機能のロボットを開発するかが重要である. このため, 低コスト化の実現のための技術開発を重視している. 例えば, 農業機械の自動走行では, 高精度測位の確保のため, 現在は基地局整備などが必要となるが, 準天頂衛星の活用で基地局の整備を必ずしも不要にするとともに, 受信機の低コストなども進めることで全体の導入コストを下げることを狙っている.

こうした技術開発を進める際には, コストとの関係を考え, どこまで自動化するか等の見極めが重要になることは専門家の皆さんに言うまでもないだろう. 特に農業の場合は自然が相手で定型化していないため, すべての作業を自動化するのではなく, 難しい状況や形態のものは作業者に委ねるなどのスペックの見極めが重要になる. 農業現場との対話が重要になる.

(3) SIer人材の必要性

これまでプロジェクトを進めてきて, 農業現場とロボット技術者・企業の間をつなぐSIer人材が限られていることを強く感じている. 一方で, 農業現場を見て歩き, 農業者と対話し, 農業のニーズを咀嚼し, 現場の実態に即したロボットの機能やスペック, デザインを考え, ロボット開発につなげる取組をするロボット技術者が徐々に出てきており, こうした主体を少しでも増やしていければと考えている.

こうした主体は, 既存の生産体系で人手の作業をロボットに入れ替えるだけでなく, 生産工程を改めて分析し現行の作物の生産技術や作業体系も見直し, 全体の生産性を上げることなども期待される. 現在進んでいる果樹の収穫ロボットの開発プロジェクトでは, ロボット化だけでなく, 同時に果樹の樹形の見直しを行っている.現在の果樹園の状況でロボットを導入するのではなく, 機械やロボットが入りやすい直線樹形などを同時に導入することで大幅な省力化とロボットの低コスト化を図ろうとしている. ロボット技術だけでなく, 栽培方法等の既存の農業技術の方からも歩み寄り, 新たな生産体系を生み出すことなども重要である.

農業分野におけるロボット技術の活用は緒についたところである. 最初に述べたように農業は様々な課題に直面しており, 研究開発に止まらず現場にロボット技術を実装して課題解決を進めることは急務である. 本稿を読み, 1人でも多くのロボット技術者が農業現場に役立つ新たなロボット開発に関心を持ち, チャレンジいただければ幸いである.

 

 

References

[1]  農林水産省大臣官房統計部, 2015年農林業センサス,http://www. maff.go.jp/j/tokei/census/afc2015/280624.html

[2]  スマート農業の実現に向けた研究会(農林水産省)「スマート農業の実現に向けた研究会」検討結果の中間とりまとめ,http://www.maff.go.jp/j/kanbo/kihyo03/gityo/g_smart_nougyo/pdf/cmatome.pdf

[3]  スマート農業の実現に向けた研究会(農林水産省) ロボット技術・ICTの今後重点的に取り組む課題(案)について, http://www.maff.go.jp/j/kanbo/kihyo03/gityo/g_smart_nougyo/pdf/02_kadai.pdf

[4]  スマート農業の実現に向けた研究会(農林水産省)AIIoTによるスマート農業の加速化(案)について,http://www.maff.go.jp/j kanbo kihyo03/gityo/g_smart_nougyo/attach/pdf/kenkyu_kai05- 6.pdf

[5]  松尾豊, DL産業論, 産業構造審議会 新産業構造部会(第11回)資料,2016

 

安岡澄人(Sumito Yasuoka

1988年京都大学農学部農芸化学科卒業. 1990年農林水産省入省. 農業生産, 環境, 技術等の政策部局に従事. 2013年から大臣官房研究調整官(技術政策担当)としてスマート農業の推進等の技術政策を担当.