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筋シナジーによる運動構築の神経基盤


初出:日本ロボット学会誌,2017 年 35 巻 7 号 p. 506-51

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【解説】

筋シナジーによる運動構築の神経基盤

大屋知徹

 

1 はじめに黎明期における運動のモデュール構想

 我々ヒトが無意識に行っている日常動作には,ナイーブに考えると非常にコストのかかる計算が求められる.例えば三次元空間内のある一点に置かれた目標の物体に手を伸ばす際,手先がとりうる軌道は無数にあり,さらにその一つの軌道を実現する関節角度の組み合わせも無数にあり,さらにその関節角度を実現する筋の組み合わせも無数にある.神経系はこの冗長多自由度の中から適切に軌道,関節角度,筋の組み合わせを選び,運動を実現している.とりわけ人工のロボットに比較して生物に特徴的なのは,ある関節を駆動するのにトルクモータの回転ですむところを,複数の冗長な筋の収縮によって達成する必要がある点である.このアクチュエータの冗長性は,不良設定問題を招く一方で,運動の柔軟性,故障に対する頑健性の観点から考えると利点も多い.しかしまだ我々はこの冗長多自由度系の運動制御の方策を明らかにするには至っていない.こうした問題に対してN. Bernsteinはヒトの運動の動作解析や力学解析を通して,各関節が試行ごとにバラつくにもかかわらず手先終端はほぼおなじ軌道を描くことを観察し,その協調構造をシナジーとよび,その協調機構を効率よく実現するためには,筋(またはそれを神経支配する脊髄運動ニューロン)へ結合する神経系のネットワークの下層に複数の筋へ発散投射し,制御の自由度を低次に落とす構造があるべきだと主張した[6].こうした理論的な定式化が行われたのは20世紀半ばだが,それより前,現代の神経生理学の黎明期において運動が筋の数より少ない機能的モデュールから構成されることは着想されていたようである.神経科学において初めてノーベル賞を受賞したSir Charles S. Sherringtonは「すべての運動は反射に分解されうる」と反射学を主張し,“Simple reflex”という運動の機能単位を仮想し,これらが組み合わさった(統合された)結果として協調した滑らかな運動が発現すると考えた[1]時代が下ってオペラント条件づけによる行動訓練を応用し,覚醒行動下のサルからの神経細胞活動の電気生理学的記録という,神経科学において画期的な手法を確立したEdward V. Evartsはその晩年,大脳皮質一次運動野から直接脊髄へ下り,筋肉に作用するような神経細胞の役割として,同時代に発見されたザリガニの定型的な運動(Abdominal flexion)を惹起させる神経節[3]に見られるコマンドニューロンのような機能を推論し「魅力的な仮説」として議論している[7]このように生物学観点と,ヒトの動作の力学の観点の双方から,低次元構造を着想するに至ったというのは興味深い.注意が必要なのは,Sherringtonが指摘した仮想反射の単位“Simple reflex”Evartsが関連付けようとしたコマンドニューロン,またBernsteinが提示した筋の自由度縮減の構造に関しても,彼らは「そうした実体があると便利ではあるが,実証するには至らないもの」として提示するにとどまっていたことである.こうした神経科学の黎明期から描かれた,脊椎動物の運動における冗長多自由度の制御方策としての機能的な低次元単位は実在するのか,するとしたらどこにあるのかについて,反射に代表される定型的な運動の研究からヒトの随意運動までどのように展開してきたのか,そしてそうした研究が現在直面している課題を概説する.特に「筋シナジー」とよばれる, Bernsteinが提示した,複数の筋からなる機能的単位に焦点を当て,その解析手法や妥当性に関する議論と,その神経基盤に関して紹介を試みる.

 

2 筋骨格の冗長多自由度と筋シナジー

 生体, 特に脊椎動物において, 筋と骨格は必ずしも一対一の対応関係になく, ある関節の運動を実現するのに無数の筋の活動レベルの組み合わせが可能で, 一つには決まらない. この冗長な多自由度の筋骨格を円滑に制御する機序を明らかにすることは運動制御や神経科学においては長年の課題となっている. 運動の動作解析の研究からヒトの歩行時の股関節, 膝関節, 足関節の角度がなす角度の三次元空間において,三つの角度が描く軌道はある一つの平面にのることが知られている[32].また眼球運動においても, YawPitchRoll3自由度の回転運動を回転ベクトルで表現すると, その回転軸がListingの平面とよばれる二次元空間にのることが知られている[12] これらの観察結果は各関節または眼球の角度がある規則をもって共変動しているということを示す. つまり, 筋骨格または神経系に, 自由度を下げるなんらかの制約機構, 低次元構造があることが示唆される. この低次元構造はMotor primitiveMotor moduleなど様々な呼称で呼ばれるが, 通底する概念は個々のものをまとめあげた単位, つまり不変, あるいは定型的な神経相関を仮想している点だろう. キネマティクスに低次元構造が現れるならば, 骨格を動かすアクチュエータとしての個々の筋の活動も共変動を示しうる. この共変動する複数の筋の組み合わせを「筋シナジー(Muscle Synergy)」とよぶ. これはBernsteinが描いたようにネットワーク構造として表現すると1のようになる.

 

 

図1: 筋の数)より少ないモデュール)による表現

 

 

 

2: NMFによる低ランク近似

 

に適切な重み付けをほどこし, その線形加算によって目的の筋活動が実現(解析的には再構成)できれば, 個々の筋肉の活動まで制御しなくてもすむので, 制御の変数は減るためより効率的な制御が可能となるとされている.

そして筋シナジーの計算の概要は, 以下の式によって表現される.

                                                        

ただし はノイズ項である.

これは求める動作にかかわる複数の筋からの活動を筋電図で記録すると, という列(:筋の数,:時系列のサンプル数:)が得られる. これを列の行列:筋の数,:筋シナジーの数)と列の行列:筋シナジーの数,:時系列のサンプル数)の行列によってなるべく近似(行列の低ランク近似)しようとするものである(2 ここでとは空間的な筋への加重, つまり協働筋のセットとみなすことができ, 一方はそれらの時間的発展と考えることができる. この分解は解析的には一意に定まらないが, 統計的に分散をより少ない因子(主成分分析)で説明させたり, 独立性を最大化(独立成分分析[13])させようとするなど, 計算時の制約条件は異なるが, 筋電図から得られた筋の活動の共時性に着目して共変動する要素を抽出するという手続きによって近似を行う統計的手法という点では共通している. 特に近年は非負値因子分解(Non-Negative Matrix Factorization: NNMF)とよばれる, の距離(または誤差)を最小となるように乗法的更新ルールとよばれるアルゴリズムで解く手法が多く用いられている[19] これが広く用いられる理由として, 筋活動は活動しないときは0であって, 意味ある負の値をもたないこと(脊髄運動ニューロンの発火, つまり正の活動のみ反映する) 抽出される筋シナジーベクトル同士が独立となるため加法的で生理学的解釈と親和性が高いことなどが挙げられる.

ちなみに, このような次元縮約のアルゴリズムは機械学習でいう教師なし学習によるクラスタリングと同じであることから, このアルゴリズムは神経科学のほかにも様々な分野において行われている. 例えば様々な文書に含まれる単語から文書の特徴を抽出し, カテゴリ化する手法(トピックモデル)にもNNMFを含む機械学習のアルゴリズムが使われている[22] 音響処理処理において, 複数の音源を推定するのにICANNMFが用いられている[43] また機械学習により特徴量を抽出し, その線形和による表現のモデルを構築するという意味では, 自然言語処理による分散表現の手法(word2vecなど[47])にも共通した統計モデルが使われている.

 

3 筋シナジー研究の端緒と展開

 複数の筋をまとめた機能モデュールに関する概念に関して1935年にBernsteinが提案していたものの,神経系による実装の有無に関してはその後しばらくはあまり追求されなかった.篠田らによって大脳皮質一次運動野を発し皮質脊髄路を構成する神経軸索が,脊髄前角にある単一の運動核ではなく複数の運動核に投射することが解剖的に明らかにされており[5]上記の機能単位の実体の候補として著しく先駆的であるが,大きな発展にはつながらなかった.

 

 

3: “Google Scholar 検索によってmuscle synergyiesでヒットする論文数

 

3Google Scholar において“muscle synergy”または“muscle synergies”で検索して関連付けられた論文の数を19942016年まで数え上げた数字をプロットしたものであるが,2000年代半ば頃からの急増が顕著である.

これは90年代後半MITBizziらのグループが行った一連の脊髄刺激や反射に基づいた実験結果によって, 機能モデュールに関する研究が盛んに行われるようになったことと軌を一にする. 脊髄は系統発生的に古く, Sherringtonの時代から続く脊髄の神経回路を対象とした神経生理学により多くの脊椎動物において共通の機能, つまり様々な反射(伸張反射, 屈曲反射, 把握反射など)の入出力関係にについて明らかにされてきた. 反射は同じ末梢の入力に対する定型的な運動の表出であることから, 運動のひな型を担う回路として対象とされたことは想像に難くない[18]

カエル, ネズミ, ネコなど種々の脊椎動物を用いて, 彼らは脊髄への微小電極による電気刺激や, イオン導入法により脊髄内の部位を刺激し, 足の終端位置の力場や, 複数の筋活動において, 定型的な時空間的パターンを誘発できることを示した[8, 9, 20, 24] さらにカエルの脊髄内の異なる二つの部位を刺激したときには, それぞれの時空間的パターンが線形に足し合わされて表現されることも示された[11] この実験結果は力学モデルを用いたシミュレーションによって裏付けられ[17],脊髄内の局所神経回路が賦活化されることにより運動のパターンの原型が表現され, さらにその線形的な重畳によって様々な運動パターンが構成され得ることが示された. 彼らは運動の原型をさらに追求し, 動作にかかわる複数の筋の活動を有限のセットに分解するために統計的手法を用いた. この際用いられたのが前述の機械学習のアルゴリズムである.NNMFを用いてTreschらがまずカエルのひっかき反射の最中に複数の筋活動の分解を試みた. 結果, ひっかき反射誘発時の八つの筋活動の分散の8割が四つの成分, つまり4因子の活動に縮約できることが示され[15] この因子, あるいは筋の機能的セットは筋シナジーと名付けられた(研究者によってはmuscle modeと呼ぶものもある) 筋シナジーを抽出する際に用いられた因子分解の手法は, 手の関節角度などのキネマティクスの解析にも適用され(キネマティックシナジー) 手の把握運動は少数の関節角パターンで説明(再構成)できることが報告された[14, 39] このキネマティックシナジーは, ヒトの一次運動野を経頭蓋磁気刺激(Transcranial Magnetic Stimulation: TMS)することによって惹起される手の形が把握時の手のシナジーパターンに類似していることが報告されている[30]

上記の一連の研究をきっかけとして, 複数の筋活動はより低次の要素に分解できるという仮説が支持され始め, カエル, ネコ, サル, ヒトなど様々な動物の筋電を記録し, それに機械学習のアルゴリズムを適用することにより低次元の構造を抽出する研究が多く報告されている[21, 23, 29, 28, 26, 33] 平行して筋シナジーに基づいた応用的な研究も多くなされつつある[35, 44, 51, 52] 一方, その神経学的な基盤については, その端緒となったカエルなどの脊髄刺激実験と比してどれだけ支持しうるものになってきてるのであろうか. 神経科学のコミュニティから全面的にに支持を受けているとは言い難く, 根強く疑問を抱く研究者も多い[36] 以下, 筋シナジーが神経系に内在するという主張に対して指摘される論点と, それに対して現在得られている研究結果について紹介・議論する.

 

筋シナジー仮説に対する批判と支持

 現在筋シナジーが神経系にあるとする主張に対する重要な論点は, 大きく分けて以下の3点が挙げられる.

1)縮約されたようにみえるのは, 筋骨格により制約された自由度, または限られたタスクに由来するもので見かけ上の現象ではないか. 2)何万とある神経細胞が統計アルゴリズムによって縮約された, たかだか数個の有限の要素に対応するのは想像し難い. 3)神経細胞との対応づけがなされていない. 脊髄の人工的刺激, 反射で見られたからといって, それが随意運動にも適用可能なのか?

1)において指摘されている点に関して代表的なものは, Valero-Cuevasらが行った実験[40]に基づく主張である. 彼らは死体の手の腱にプーリーを装着し, 受動的に指を動かした際のプーリーに掛かる張力を計測, または指を動かすためにプーリーの張力の組み合わせを検討した. この結果, 受動的な張力の組み合わせにおいても, 指が動くことのできる作業空間を埋めるためのランダムな張力の組み合わせにおいても, 次元縮約のアルゴリズムを適用した結果, 少ない変数に分解できることが明らかになった. この結果に基づき, 神経系の低次元構造を仮定しなくても筋骨格の制約そのものが筋の低次元構造を導いているという主張がなされている. このように骨格と筋同士の張力, 重力の相互作用が課す制約は無視することはできないのは確かである. ただし,Valero-Cuevasらの行った研究において, 分散の8割を説明し得る縮約された筋シナジー数は2だったのに対し, 類似した把握運動のタスクにおいて抽出された筋シナジー数は3以上[14, 34]であることから, 筋骨格による制約はあるものの, それだけでは説明できない部分, すなわち神経系由来のものが含まれている可能性がある. また,d’Avellaらによって筋活動とカーソルの動きの関係を仮想の二次元空間内で付け替えるなどの操作(Virtual surgery)によって, 神経系がどの程度撹乱された環境に適応できるかを評価する実験が行われた[46].これにより通常の筋同士の協働がどの程度切り離せないものなのか, つまり神経系に実装された不可分のモデュールが調べられ, 筋シナジーによって作業空間を埋められるような筋の付け替えにおいては付け替えた後の学習がほぼ完全に獲得され, その学習も早かったが, 作業空間を不十分に説明するような付け替えによっては学習が不全となり, その学習速度も遅いことが示された. これらの結果は筋シナジーという分離しにくい機能モデュールの存在が異なる学習の結果をもたらしたことを示唆し, 筋シナジー仮説を支持する. こうした結果から, 筋シナジーは筋骨格による制約によって観察された, 単純な見かけ上の低ランク近似ではないと主張がなされている.

2)において呈されている疑義に対しては, 神経細胞が集団として共変動している, つまり低次元構造に近似し得る報告が多数なされていることから, 決して功利的な側面からのみ次元縮約の方法が適用されているわけではない. 数百の神経の集団活動を同時記録し, 次元縮約の手法によって力学的構造を導出する研究はむしろ近年急激に発展しつつあり, 注目が集まっている[33, 45, 48, 49].また, 機械学習のアルゴリズムが神経系の学習されたネットワーク構造と一致するという例は, 大脳皮質のほかの領野で古くから得られている知見である. 視覚系を例に取ると網膜から入った網膜空間上の配置に従った信号は視床の外側膝状体を介して大脳皮質一次視覚野へ送られるが, HubelWieselが発見したように[2] 様々な傾きをもった線分の刺激に対して反応が得られる. 線分というのは言い換えると視覚画像に含まれる輝度のエッジであり, BellSejnowski [13]が発見したように, 自然画像の特徴が独立になるように独立成分分析を行うと, エッジに対するフィルタ, つまり第一次視覚野の線分反応神経細胞と同じことだということが分かっている. 同様に聴覚野に関しても自然な聴覚刺激に対して信号成分が独立になるように学習をさせると, 一次聴覚野の反応特性と近似する時空間フィルタが創発されることが報告されている[25] 現在大脳皮質の領野別の機能, 領野に共通した機能に関しては一致した見解が得られているわけではないが, 運動にかかわる領域においても独立成分分析のような, 目的関数に従う最適化を通して信号を独立な成分に分ける処理をしている可能性は十分ある. その点において, NNMFICAは信号を統計的に独立な成分を分解していることから, 神経系における学習・最適化の結果を反映しているという主張は一定の説得性があるように思われる.

それでは運動にかかわる神経系はどのような目的関数に基いて運動を最適化しているのだろうか?1zw この視点をもって行われた研究はまだ端緒についたばかりであるが, 平島らが提案する運動学習の枠組みにおいて, 運動を達成するのに必要な筋活動を最小化するという制約のもとで最適化を行うと筋活動の至適方向や, その運動ニューロンに結合して駆動するような素子(大脳皮質一次運動野細胞)の至適活動方向性がサルを用いた実験結果[27]を再現できるとしている[42] これらを実現するニューラルネットワークにおいてその運動駆動細胞的な素子の方向性に関して行列分解のアルゴリズムを適用すると, やはり筋シナジーのように低次元構造があらわれる[50] つまり, 筋骨格系を規定し, その自由度のなかでニューラルネットによって誤差なく効率的に神経活動を最適化すると低次元構造が立ち現れることが理論的には示唆される. このことは筋シナジーが生まれつき用意された結合というより, 可塑性のある神経系が筋骨格との相互作用を通して最適なところに落ち着いたとみなすことができ, 発達によって変化するという報告とも合致している[38] ただし, すべての運動の発現・表出を最適化だけで議論してもよいのか, つまり反射が最適化を通して獲得されたと考えてよいのか, など低次元構造の表出・獲得と発達, 最適化の関係に関する研究に関してはこれからさらなる発展が待たれる.

3)に関して現在提出されている証拠を整理すると, 人工的な電気・化学刺激によるもの, 解剖的な知見または生理学的な知見に分けられる. 人工刺激について, 上述の脊髄刺激による定型的な活動パターンの誘発だけでその証拠とするのは不十分なのは,人工的な電気刺激が対象の神経部位の細胞だけでなく, その周りの細胞, 通過する神経軸索など, 電流が伝導する周辺すべてを刺激してしまうためである. また, 電気刺激を行う際にはその刺激頻度・時間的パターンが必ずしもその細胞の発火パターンを模していることが保証されないため, 刺激によって表出した運動, 筋活動のパターンが神経回路に実装されている機能なのかについて決定的とはならない. ではその証拠を探る際, どのような神経細胞を同定できればよいのだろうか?1zw 筋シナジーは列の行列を分解して得られる:()と)を想定し, を基底としはそれらの重み付けを規定する行列である. 読み替えると個の筋への投射パターンをもつ細胞(群) はその細胞(群)の活動の時系列(ポイント)とみることができる. 理想的にはで表現されるような複数の筋への投射をもつ神経細胞を見つけ(空間的パターン) かつその活動パターンが対応するで表現される時系列に相関をもっているならば(時間的パターン) 筋シナジーを担保する神経構造があることを主張できると考える. 前者に関しては解剖学的な投射を同定すればよく, 一方で後者に関しては時間的な相関を電気生理学的手法を用いて記録解析すればよい. そういった意味で大脳皮質一次運動野の皮質脊髄路細胞が脊髄内で分岐して異なる筋を支配する運動核(運動ニューロンプール)に投射している報告[5]は前者を満たす例である. 電気刺激による筋活動を誘発して複数の筋活動のパターンを行列分解して筋シナジーの存在の有無について議論することも, どちらかといえば前者である. カエルの脊髄介在細胞の活動を記録し, 同時に記録した複数の筋電図から分解された筋シナジーの時間的発展とに相関がみられたという報告[37]は後者を満たす好例だろう. しかし上記の例は投射と時間的パターンを同時に満たせないため決定的な基盤とは言い難い. これまで解剖(空間)と生理(活動)を同時に満たすような実験的を遂行することは非常に困難であったが, この問題を解決する実験系として電気生理神経活動記録と筋活動の同時記録による運動駆動細胞同定法が挙げられる. 通常, 神経活動と筋活動の関連付けは単純に相互相関などによって算出され, 時間的な相関のみが評価される. しかし神経活動, とりわけ細胞外記録による活動電位(スパイク)をトリガーとしてシナプス伝達程度のごく短い潜時幅での筋電信号を数千回加算平均すると, 神経細胞と筋との間のシナプス結合が得られることがある[4] これは電気生理的手法を用いながら空間的な投射を明らかにできる強力な手法であり, 大脳皮質一次運動野, 脳幹の赤核, 網様体からの結合が解剖学的な結合とおおむね一致する形で報告されている[10, 31] 脊髄運動細胞の活動電位の発生に貢献(駆動)していることから, 我々はこのような細胞を運動駆動細胞(pre-motoneuronal cell)と呼んでいる. これを用いると, 筋へ空間的な投射を持つ細胞がどのような活動パターンを示すか評価できるため, 筋シナジーのように空間的, 時間的パターンを分解した行列との対応づけを直接評価できる. 実際, 極最近精密把持運動中のマカクサルから細胞外電気記録と, 筋電図を同時記録, スパイク加算平均法によって解析した結果, 脊髄介在ニューロン群の運動駆動細胞の投射パターンが同時記録した筋電信号にNNMFを適用したものと, つまり筋シナジーの空間的時間的パターンと一致することが確認され[53],筋シナジーを支える細胞レベルでの神経基盤に関して強力な証拠とみなすことができる.

 

おわりに

 筋骨格の多自由度制御のために着想された機能的モジュール, 筋シナジーに関しては, 様々な行動実験からその存在を示唆するような報告がされているものの, その当否に関して議論が続いている. ただし機械学習の結果得られた低ランク近似にすぎないという主張に対して, 1)感覚系の領野で確立されているような独立性を評価関数とする統計的アルゴリズムと神経ネットワークの構造と類似点も見られることから, 筋シナジーは中枢神経系の学習, 最適化によって得られる習慣化された平衡安定構造だと考えることもできる, 2)骨格による制約だけでは筋の共変動を説明できない, 難可塑性の構造も示唆されるため, 一概に否定されるものでもない. 3)また決定的な証拠として神経生理の観点からは筋シナジーの時間的発展と空間的投射パターンの双方を満たす脊髄介在神経細胞群が報告されている. このような電気生理的な神経活動に基づく強固な神経基盤の発見により,モデュール構造に基づいた運動制御の方策の解明に飛躍的な発展が期待される.

 

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大屋知徹(Tomomichi Oya

2010 The University of Queensland, School of Human Movement Studies 博士課程修了. PhDHuman Movement Studies 2009年生理学研究所発達生理学研究系 認知行動発達機構研究部門 研究員, 2010年日本学術振興会特別研究員, 2013年国立精神・神経医療研究センター神経研究所動物開発研究部流動研究員を経て2014年より同部室長. 日本神経科学学会, 日本比較生理生化学学会 北米神経科学会会員.