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みのつぶ短信第34回:意識の国際会議「ASSC27の報告」


みのつぶ短信 第34回:意識の国際会議「ASSC27の報告」[1]

意識に関する国際会議は2つあるらしく,一つは昨年5月にイタリアシシリー島で開催されたTSC(The Science of Consciousness)と今回参加したASSC(Association for the Scientific Study of Consciousness)である.ASSCは意識の科学的研究のための協会で,認知科学,神経科学,哲学,その他の関連分野での意識に関する研究を奨励することを目的とした,専門家会員制のアメリカの非営利団体である.意識の性質,機能,根底にあるメカニズムに関する研究を推進することを目的としている.1997年以来,ASSCは意識研究の分野における科学的・哲学的進歩に関する知識を広め,交流を促進するために年次会議を開催している(スライド2)[2].

今年は,7月2日から5日まで東大本郷キャンパスで開催され,実行委員長は株式会社アラヤ 代表取締役CEO 金井良太氏であった.今回,600編のアブスト投稿があり,約500編が採択された.参加者は770名で歴代の会議(スライド4)で,最多の参加者とのことであった.5つのキーノート,9つのチュートリアル,6つのシンポジウムからなり(スライド3),プログラムとキーノートスピーカーはスライド5に示したとおりである.

本報告では,主にキーノートスピーカーの講演の概略を伝え,今回のASSCの雰囲気を伝えたい.


最初の講演者はフランスCNRSの発達神経イメージングラボの所長のGhislaine Dehaene-Lambertz教授の「Assessing consciousness in infants」と題する講演であった(スライド6参照:かなり前で聴講したため,スライドが歪んでいるが,ご了承願いたい).彼女の講演では,乳幼児の意識がどのように発達するか,特に生後1年以内の乳幼児における知覚意識に焦点が当てられていた.


1. 背景と課題

意識がどの時点で,どのように発現するかを理解することは,哲学的,科学的,臨床的に重要である.しかし,乳幼児における知覚意識の研究は限られており,特に言語を持たない乳幼児に対しては,適切な実験手法が確立されていないことが問題となっている.最近の研究では,乳幼児の脳が従来よりも早期に構造化され,複雑な認知能力を持つことが明らかになりつつある.


2. 知覚意識の証拠

乳幼児における知覚意識に関する証拠はまだ限られているが,利用可能なデータによれば,1歳未満でも知覚的認識が存在する可能性が示唆されている.例えば,前頭葉の発達の仕方が成人に比べて遅い一方で(スライド7),脳内の機能的なネットワーク(デフォルトモードネットワーク、注意ネットワークなど)は,成人と似たようなパターンを持っていることが示されている(スライド8).また,乳幼児の脳活動には,成人と同様に,刺激に対する初期の反応(線形)と,主観的認識に関連する後期の反応(非線形)の2段階が観察されている(スライド9).


3. 成熟と意識のプロセス

乳幼児の脳は成熟が不均一であり,特に前頭前野などの高次機能を担う領域の発達が遅いことが指摘された.そのため,知覚意識のプロセスは成人に比べて非常に遅く,乳幼児では刺激に対する反応が成人の約3倍の時間を要することがわかっている(スライド10).また,意識的な知覚が断続的に発生する可能性があり,特に生後数週間は短期間しか持続しない可能性もあるとされている.


4. 結論と今後の課題

Lambertz教授は、乳幼児の脳が成人と同様の意識をサポートする構造と機能を持っているものの,そのプロセスは非常に遅く,短期間のものとなる可能性があると結論付けた.また,早産児においては,脳の成熟が出生にどのような影響を与えるかはまだ不明であり,今後の研究で明らかにされるべき課題とされている.

この講演は,乳幼児の意識発達に関する新しい視点を提供しており,今後の研究が乳幼児の認知発達や臨床的介入にどのように寄与するかが期待される.


二番目の講演はOISTの谷淳教授の「Understanding Structural Basis for Autonomy of Consciousness: A Synthetic Neurorobotics Study」と題する講演で(スライド11),自身の長い意識研究の流れを熱い想いで語られた.なお,ご厚意により,発表スライドを共有いただき,以下の説明の部分に対応するスライドを共有頂いたスライドから作成した.ここに感謝の意を表す.


1: 現象学と意識の構造

谷教授は,現象学的アプローチを通じて意識の構造を探究し,意識が単なる脳の産物ではなく,環境との動的な相互作用によって生じる過程であることを強調した.デカルトからメルロ=ポンティ、バレラまでの現象学の流れを辿り(スライド12),意識が外界への関与と相互作用を通じて形成されることを示した(スライド13).この過程では、主体と客体が相互に影響を与え,分離不可能な存在となると論じた.また,神経現象学の視点から,非線形ダイナミクスモデルと主観的経験が相互に制約し合うことによって,意識の多様性が説明されると述べている(スライド4).


2: 予測符号化と能動的推論

次に,予測符号化と能動的推論に基づく意識のモデル化について説明した(スライド15).この理論では,脳が外界の予測を通じてエラーを最小化し,環境に対する行動を生成するとされている.谷教授は,ロボット工学の実験を通じて(スライド16−18),この理論を検証し,複数の時間スケールでのリカレントニューラルネットワーク(RNN)を用いることで,予測と感覚の間の対立を解消し(スライド15再掲),ロボットの行動や知覚を調整する方法を示した.また,決定論的なシステムと確率的なモデルの橋渡しを試み,自由エネルギー原理を応用して予測精度を高める方法を提案した.

特に注目すべきは,パラメータwの役割である(スライド19−22).このwは,トップダウンの予測とボトムアップの感覚情報の相互作用を調整するために使用され,wが大きい場合はトップダウン予測が強くなり,wが小さい場合はボトムアップ情報に依存する傾向が強くなる.これにより,ロボットの行動がどの程度自律的になるか,または環境に応じて柔軟に適応するかが調整され,シミュレーション実験でもその重要性が強調された.


3: 自律性と意識の進化

最後に,意識の自律性とその進化について議論した.特に,ロボット同士の模倣的相互作用の実験(スライド23−25)を通じて,自己組織化された構造が,環境との相互作用によってどのように発展するかを探求した.異なる状況下でのトップダウンおよびボトムアップのプロセスの調整(上記のw)が、意識の自律性にどのように影響を与えるかを示し(スライド26),現象学的意識と結びつけることで,知覚や行動がどのように形成されるかを明らかにしました(スライド27)また,ロボットの意図や行動を調整するための新しいアプローチとして,動的な目標指向型計画の可能性が提示された.


三番目の講演者はサセックス大学とブライトン・サセックス医学校で神経科学と精神医学を研究しているSarah Garfinkel教授の「Dimensions of Interoception and Conscious Experience」と題する講演である(スライド28).彼女の講演は内受容感覚が意識的体験にどのように影響を与えるか,そして内受容感覚の異常が精神的健康状態にどのように関与するかが詳細に説明された.以下は,その内容で,詳細は各スライドを構成しなおしたので,そちらも参照されたい.


1. 内受容感覚の定義と次元

内受容感覚とは,神経系が身体内部からの信号を感知し,解釈し,統合するプロセスを指す(スライド29).これは,瞬間ごとに身体の内部状態をマッピングし,意識的および無意識的なレベルでの体験に影響を与える.Garfinkel教授は,内受容感覚を以下の3つの次元に分けて説明した(スライド30−33).

  • 内受容の正確性: これは,身体内部の感覚をどれだけ正確に検出できるかを表す.例えば,心拍を正確に報告できるかどうかなど.
  • 内受容の感受性: これは,内受容的に自分の身体に集中し,その感覚を認識する傾向の強さを示す.たとえば,身体内部の感覚にどれだけ注意を向けるかなど.
  • 内受容の気づき(メタ認知的意識): これは,内受容正確性に関する意識のレベル,つまり自分が正確に感覚を捉えているかどうかの自己評価を指す.

これらの次元は,情動や認知機能に直接的な影響を与えるとされ,内受容感覚の異常が精神的健康に関与するメカニズムが探究されている.


2. 内受容感覚と精神健康

講演では,内受容感覚が精神的健康状態,特に不安や抑うつ,統合失調症などにどのように関連しているかが説明された(スライド34).例えば,内受容感覚の正確性と自己評価の一致度が低い場合,不安や抑うつ症状が強く現れることがあり,これが精神的健康の悪化に寄与する可能性がある(スライド35).また,統合失調症患者においては,心拍追跡の正確性が著しく低いことが示されている.これらの知見は,内受容感覚の異常が精神的健康にどのように影響を与えるかを理解するための手がかりとなる.


3. 心周期と疼痛感受性の関係

Garfinkel教授は,心周期(心臓の収縮期と拡張期)の違いが疼痛感受性に影響を与えることを示す研究も紹介した(スライド36,37)。具体的には、収縮期では疼痛感受性が低下し、拡張期では高まることが観察された.これは,心周期中に動脈圧受容体が刺激されることで,疼痛の知覚が抑制される可能性があることを示唆している.この研究は,圧受容体反射が高血圧に関連する疼痛低下(低痛覚)の一因であることを支持している.


4. 記憶と内受容感覚の関係

講演では,心周期が記憶にも影響を与えることが示された(スライド38−40)。特に,収縮期において提示された単語の記憶が低下するという研究結果が報告された.この効果は,内受容感覚が低い個人でより顕著であり,内受容感覚と記憶機能との間に密接な関連があることが示唆されている.


5. ストレスと内受容感覚の影響

また,ストレスが内受容感覚および疼痛感受性にどのように影響を与えるかも議論された(スライド41).ウクライナ紛争の際に,女性たちがストレスを感じている時期には,痛みの感覚が減少する現象が観察された(スライド42).これは,ストレスが身体の疼痛感受性を一時的に低下させる「ストレス誘発性鎮痛」と呼ばれる現象であり,実際の生活環境においても確認された.


6. 内受容感覚と治療のターゲティング

最後に,内受容感覚に基づいた治療の可能性についても議論された(スライド43−44).内受容感覚に関連するメカニズムをターゲットにした治療法が,将来的に精神疾患の治療に役立つ可能性があるとされた.たとえば,内受容感覚を改善するためのマインドフルネス療法や,特定の薬物治療がその一例として挙げられた(スライド45).

このように,Garfinkel教授の講演は,内受容感覚が意識や精神的健康に与える影響を多角的に探る内容であり,今後の臨床応用への示唆を提供するものであった.


4番目の講演の米国ラトガース大学のSusanna Schellenberg教授であったが,別件で聞き逃してしまったので割愛させていただく.これとは別件だが,同時期にIEEEのCIS(Computational Intelligence Society)の旗艦 会議であるWCCIのIJCNNがICRA2024と同じ横浜パシフィコで開催されており,最後の東京大学の長井志江特任教授の講演はIJCNNでの論文発表と重なったため,聴講できなかったが,ご厚意により発表スライドを共有頂いたので,それを利用して概要を述べる(スライド46).ちなみに,彼女はIJCNNでも招待講演をしており,その時は,浅田がASSC27に参加聴講している時間と重なり,これも聴講できなかった.

 

1. 予測情報処理理論と神経多様性

講演では,予測情報処理理論が神経多様性を理解するための有力なフレームワークとして位置付けられた(スライド47).予測情報処理理論は,脳が外界や身体の出来事を予測し,その予測と実際の感覚入力とのズレ(予測誤差)を最小化することで,認知や行動を調整するというモデルである.ASD(自閉スペクトラム症)の人々では、この予測情報処理が異常を示し,特定の感覚に対して過敏になったり,逆に鈍感になったりすることが多いとされている.


2. 感覚・予測信号の非定型 な精度とその影響

感覚・予測信号の非定型な精度がどのように日常生活に影響を与えるかを,一般の子どもたちを対象としたお絵描き実験やロボット実験を通じて検証した.お絵描き実験では(スライド48),子どもたちが描く絵の特徴を分析することで,視覚情報の処理や世界の認知の仕方にどのような傾向があるかが明らかになった.例えば,特定の詳細に過剰な注意を払う一方で,全体的な構造の理解が不足している場合が見られ,これは感覚信号と予測信号を統合する予測情報処理が過度に変調していることを示唆している.

ロボット実験では(スライド49),予測情報処理モデルをロボットに適用し,視覚入力に対する反応を観察した.この実験では、ロボットが特定の視覚特徴に対して過剰に反応したり,鈍感になったりする様子が再現された.これにより,感覚・予測信号の精度の変調が行動に与える影響を実証的に検証することができた.


3. 支援技術の設計と応用

非定型な予測情報処理機能の理解に基づき,長井教授はASDや神経多様性を持つ人々を支援するための技術的アプローチを提案した(スライド50).特に,バーチャルリアリティ(VR)を活用して,感覚と予測のバランスを調整し,日常生活における困難を軽減する方法が議論された.これにより,社会的なスティグマを軽減し,個々のニーズに応じた支援が可能となる.


4. 信号精度の変調仮説を超えるアプローチ

予測情報処理の信号精度変調仮説を超えた新しいアプローチも紹介された.特に,マルチモダリティ(多様な感覚の統合)や時間的な予測エラーの最小化に関する理論が提案され,感覚情報の統合がどのように行動や認知の多様性に影響を与えるかが示唆された.これにより,単純な精度変調仮説を超えた複雑なメカニズムが探究され,神経多様性を持つ人々への理解が進むことが期待されている.なお,未発表のため,スライドは割愛する.


5. 今後の展望

最後に,長井教授は,予測情報処理モデルを応用した新しい支援技術や研究の展望について触れた.ASDの人々が直面する課題を理解するだけでなく,彼らが社会でよりよく適応できるようにするための技術開発が進められており,この分野でのさらなる研究が期待されている(スライド51).


これらの招待講演以外にも,興味あるシンポジウムなど多数あり,また,レセプションや懇親会での議論が非常に盛り上がっていた.そして,筆者としては人工意識設計の可能性を感じるとともに,創造を通じて新たな,そして深い理解を生み出すロボティクスの考えかたの重要性を再認識した.


[1] https://assc27.net
[2] https://en.wikipedia.org/wiki/Association_for_the_Scientific_Study_of_Consciousness

 

国際会議報告 ASSC27 2024.07.02-05 @東大本郷 (PDF:9.6MB)

 

 

 

浅田稔

元会長,現在,大阪国際工科専門職大学 副学長,及び大阪大学先導的学際研究機構 共生知能システム研究センター特任教授