1.はじめに
2024年1月28日(日)に名古屋マリオットアソシアホテルで開催された,公益財団法人栢森情報科学振興財団主催のAIシンポジウム「AI: 夢が現実に,夢を未来に~AI新世紀を語る~」のレポートを行う.
2.招待講演
シンポジウム前半では,札幌市立大学長の中島秀之氏,作家の瀬名秀明氏,および毎日新聞社論説委員の元村有希子氏による講演がそれぞれ行われた.
2.1 未来のAIを語る:中島秀之氏
産業技術総合研究所のサイバーアシスト研究センター長を務めた経験を持ち,長く人工知能に関する研究を行ってきた中島氏は,AIの歴史と未来について語った(図1)
図1 招待講演の様子(中島氏)
「AI」とは
AI(Artificial Intelligence)とは,「知能」の仕組みを解明し,それを人工的に実現する研究分野である,と中島氏は定義した.では「知能」とは何か,という非常に難しい問いが生まれるが,これは自身の長年の経験から,「知能」とは,情報が不足した状況で適切に処理する能力である,という解釈に至ったという.さらに,「知能」においては,「予期」することが必要であり,さらにその結果を「評価」することが重要である.
また,情報技術は想像力の勝負である,と中島氏は強調した.SF は古くから現実に先行し,SF で提案された技術が時を経て現実のものとなった例は多い.SF の父とも呼ばれる小説家のヴェルヌは,「誰かが想像できることは,必ず他の誰かが現実にすることができる」という言葉を残したといわれている.「思いつく」ということは,非常に重要な意味を持つのである.
AIの歴史
次に,AI発展のおおまかな歴史について語った.AIの発展はしばしば,期待が高まり注目を集めた時期を表す「夏」と,限界に直面し研究が停滞した時期を表す「冬」のサイクルで語られる.第一の夏は 1960 年頃であり,この頃のAI研究では,知能の本質は記号の処理であると考えられ、記号を用いた推論や問題解決に注力されていた.また,単層ニューラルネットワークであるパーセプトロンの概念もこの時期に登場している.しかし,その後記号処理は常識の欠如やフレーム問題といった課題に直面し,パーセプトロンも単層では複雑な概念の学習が不可能であるという限界に直面した.これがAI第一の冬となった.
1980年頃,AIは第二の夏を迎える.記号処理の研究では新たに「知識処理」に焦点を当てたアプローチが登場し,人間の専門家の持つ知識をシステムに移植した,エキスパートシステムの開発が行われるようになった.さらに,ほぼ同時期に,ニューラルネットワークにおいては多層パーセプトロンの研究が注目されることとなった.しかしその後,知識処理では,暗黙知と呼ばれる,知ってはいるが,言語化できない知識をうまく扱うことができないという限界に直面し,AIは第二の冬を迎えることとなる.
そして,2016年頃から現在にかけて起こっているのがAI第三の夏である.深層学習の発展により,AIは飛躍的な進歩を遂げている.
今のAIにできないこと
AIが抱える大きな問題は,「生活」をしていないことではないか,と中島氏は考える.AIは,料理を楽しんだり,酒を呑んで酔っ払ったり,音楽や絵画を楽しむなど,人間と同じ意味での「生活」をしていない.記号処理には,フレーム問題や記号接地問題,常識推論など数々の問題を抱えるが,これらはすべて「生活」していないことによるものであると考えられる.
現在AIは,深層学習により大きく発展し,実社会のさまざまな場面への応用に至っている.深層学習は,人間には扱うことのできない超多数のパラメータや,暗黙知を扱うことが可能である.一方で,深層学習を含む機械学習は,容易に騙せることや,データの偏りに引きずられること,統計的には正しいが政治的に間違った命題を導きかねないことなど,問題も多く抱える.
未来のAI
そこで,中島氏は,機械学習と記号推論のハイブリッド手法を提案した.機械学習を強化し,予期による推論と学習を実現することが,機械学習の抱える騙されやすさなどの解決策となると考えられる.また,記号推論を強化し,ボトムアップの学習を含むトップダウン推論を実現することで,記号の接地やフレーム問題の解決につながると期待できる.
生物学者であるユクスキュルが提唱した「環世界」の概念によれば,生物は,環境から情報を受け取っているのではなく,自身の持つセンサを用いて見たいものだけを見ているという.中島氏は,物事を認識してから後に起こることを想像する「予測」とは異なり,見たいものを「予期」してから認識を開始する「予期知能」を提案している.この「予期知能」こそが,未来のAIの姿であるかもしれない.
2.2 生と死と人とAIの総合知:瀬名秀明氏
薬学博士の学位を持ち,作家として活躍する瀬名氏は,科学と人間に関する幅広い知見から,生と死を中心テーマに据えて人とAIについて語った(図2).
図2 招待講演の様子(瀬名氏)
総合知とは
まず瀬名氏は総合知の重要性について語った.内閣府の第6期科学技術・イノベーション基本計画にも取り上げられているように,近年「総合知」の重要性が話題になっている.総合知とは,文系・理系にとらわれず世の中の様々な現象を知ったうえで,それらを融合して考えだした知のことである.歴史や宗教なども踏まえて総合知を示してくれる“達人”の存在はいつの時代も人々を導いてくれるものであったそうだ.さらには SF の世界でも古くから総合知は重要なキーとなってきたという.お茶の水博士に代表されるように何でも知っている科学者が世界を正しい方向に導いていくのは理想的な姿とされた.世の中を正しい方向に導けるかどうかはこの総合知にかかっているが,総合知は未来社会がどちらの方向に向かえばよいのかその判断のもとになる重要な知であるとともに,大量の情報から考えるAIと親和性が高いそうだ.本公演では人類がAIと協力してどのように総合知を作り出していくべきなのかについて語られた.
パンデミックによる国民の不信感と総合知の重要性の増大
瀬名氏によれば2020年に始まったパンデミックによって,知の在り方は新時代に入ったそうだ.これまで知られていなかった COVID-19の世界的拡大によって,私たちの周りには真偽の不明なたくさんの情報が飛び交い,専門家からの情報であっても人々は信じなくなった.
権威ある情報はさらに遅いと瀬名氏は語った.コロナは空気感染するため,マスクが有効であるということはダイヤモンド・プリンセス号の集団感染の頃から言われていたが,結局マスク着用の有用性が国から発表されたのは,その半年後になってからである.パンデミックの中,コロナに関する本は3,500冊も出版されたが,どれを読んでも私たちを正しい方向に導いてくれる,総合知を与えてくれそうな本に出合うことはできなかったそうだ.
最近大きく取り上げられている SNS の炎上も,総合知を見ることなく,ただただ己のコアビリーフに基づく「私は正しい」を主張した結果起きている.このような真偽不明なたくさんの情報をAIに入れて,処理すれば,人々は信頼してくれるようになるかどうかは分からないが,多くの情報の中から正しい方向に人々を導いていく総合知の重要性が増している.
AI技術の限界とは
次に瀬名氏はAIの限界について,心理学・教育学の研究者と対話した仕事 [1] を引用紹介しつつ,知の達人のアブダクション推論に関する考察から指摘した.人間が総合知を作り出す過程では,アブダクション推論が行われている.何かと何かを上手くつなげるアブダクション推論,これによって本質を捉えることが“達人”の証である,という考えが対話時に感銘を受けた部分だったという.知の達人はそれによる総合知で人々を良い方向に導いてきたのだそうだ.
一方で,アブダクション推論ができるかどうかが人間と機械の違いである.アブダクション推論をする過程では,間違いも生じるが,その間違いについても総合的に考えて最終的に正しい推論ができることが重要である.しかし,身体を持たないAIには間違いを修正する能力がなく,結果として良いアブダクション推論ができなくなっているのだそうだ.
人間にとっての本質とは生きて死ぬこと
人間にとって一番大切なのは生きて死ぬこと,そしてその人生の中でどのような物語を紡ぎだせるかではないだろうかと瀬名氏は語った.一方で,現在のAI技術にはこの人間の本質を理解する力が欠けている.例えば,身体を媒介せず死を知らないChatGPTが登場し,医療の進歩で老化が遅くなり,AIで自分自身のコピーを創ることで不死になることも可能な時代になってきている.しかし,このままAIが生死という人間の本質を理解しないまま成長を続けて良いのだろうか.人間にできてAIにできないと言われているアブダクション推論で新たなストーリーを生んでいくことを克服しなくて良いのだろうかと瀬名氏は指摘した.
そして瀬名氏はこう公演を締めくくった.AIが人間を進化させることはできないが,総合知を得る手助けをすることで,人間を成長させることはできる.AIと人間が正しく共存し,お互いに正しい方向に成長しあっていくことで,良い物語を紡げる世界を生むことは,歴史的にも多くの科学者や作家が望んできたことだろう.
2.3 テクノロジーの未来:元村有希子氏
毎日新聞科学環境部の記者として,世界各地で数多くの科学に関する取材を行ってきた経験を持つ元村氏は,ジャーナリストの立場からテクノロジーの歴史と現在を分析し,科学者とは全く異なる切り口からテクノロジーが抱える問題を提起した(図3).
図3 招待講演の様子(元村氏)
テクノロジーと人類
初めに,人類とテクノロジーの歩みを振り返った.
テクノロジーは人類の生活にどのような影響を与えてきただろうか.1901 年正月に報知新聞に掲載された「二十世紀の予言」では,今後100年間に実現するであろう事柄が列挙されている.写真電話,7日間世界一周,暑寒知らず…そこに書かれた予言は,当時の人々の夢を反映している.そして現在,掲載された23項目の予言のうち,17項目が部分的またはほぼ完全に実現している.これまで,テクノロジーは人類の願いに追いつき,人類の夢を叶えてきているのである.
しかしながら,当時の人々の願いは素朴であった.人間がテクノロジーに求めることは,時代とともに変化してきている.マズローの欲求五段階説では,人間の持つ欲求を,低度なものから「生理的欲求」「安全の欲求」「社会的欲求」「承認の欲求」「自己実現の欲求」という五つの階層に分類している.20 世紀においては,農業,工業,医学などのテクノロジーが,「生理的欲求」「安全の欲求」を満たしてきたといえる.さらに,21 世紀においては,コンピュータやSNSといったツールが登場し,「社会的欲求」「承認の欲求」を満たしてきた.では,最も高度な欲求である「自己実現の欲求」は,テクノロジーによって満たされるのだろうか.AIが鍵となるのかもしれない.
今,世界は
一方で,テクノロジーが引き起こしてきた負の作用についても厳しく指摘した.
人類の望みを叶えてきた裏で,テクノロジーは人類や地球環境に数多くの問題ももたらしてきた.今年1月に開催されたダボス会議のリスクレポートでは,今後10年間に起こりうる地球規模の10大リスクを挙げている.このうち,環境問題とテクノロジーの問題は半分以上を占めている.人類が現在抱えている問題は,後世に先延ばしにするのではく,今生きている自分たちが向き合わなくてはならない.
人類は地球を消費している.今や地球の地質から,人類が地球を改変した痕跡が大量に出土する時代になっている.地球誕生から現在までの長い歴史を1年間のカレンダーで表した「地球カレンダー」では,ホモ・サピエンスの誕生は,12月31日の午後11時40分頃にあたる.最後のわずか20分ほどを生きている人類が,地球を消費し尽くそうとしているのである.また,Global Footprint Network が発表するアース・オーバーシュート・デーによれば,世界中の人々が1月1日から日本の消費水準で生活しはじめた場合,地球の1年分の資源を5月6日で使い切ってしまうことになるという.
持続可能な生命活動を行うために,テクノロジーはどのような貢献ができるのだろうか.
未来のテクノロジー
終盤では,テクノロジーが抱えるジレンマについて指摘した.
科学記者は常々,テクノロジーに対し成果を強調しがちであるが,それが全てではない.テクノロジーのおかげで解決された問題には,テクノロジーによって引き起こされたものも多く存在する.問題が発生してもまた新たなテクノロジーが解決するだろうと,その確証もないまま目の前の開発を進めることに戸惑いを覚える.
科学がもたらす問題の中には,科学だけでは解決できないものも多くある.物理学者のワインバーグは,科学と政治の間にあるこのような領域をトランス・サイエンスと呼んでいる.科学者だけでなく,政治家や消費者など,さまざまな立場の人々が一緒に考え,これらの問題を解決していかなければならない.
このような背景から,社会にはテクノロジーのあり方について見直しを望む人々も多く存在する.知的資源を活用し,“弱い” テクノロジーの上手な使い方を探っていくべきである.社会の声に耳を傾け,テクノロジーの発展のスピードや方向性について今一度再検討する時代が来ているのではないだろうか.
3. パネル討論
シンポジウム後半では,大阪国際工科専門職大学副学長の浅田稔氏の進行で,講演を行った中島氏,瀬名氏,元村氏と,産業技術総合研究所 フェローの辻井潤一氏,早稲田大学理工学術院 教授/産業技術総合研究所 特定フェローの尾形哲也氏,科学技術振興機構研究開発戦略センター フェローの福島俊一氏,京都大学大学院法学研究科 教授の稲谷龍彦氏,および元電子総合研究所 所長の田村浩一郎氏の 8名によるパネル討論が行われた(図4).
図4 パネル討論の様子(左から,司会:浅田氏,パネリスト:中島氏,瀬名氏,元村氏,辻井氏,尾形氏,福島氏,稲谷氏,田村氏)
本討論では,大きなテーマとして,「AGI(Artificial Gen-eral Intelligence,人工汎用知能)のチャレンジ」と「最新AI(人工物・テクノロジー)との共棲,設計」の二つが設定され,AIの可能性,身体性などについての議論や,最新AIといかに共棲し,未来社会をどう設計するかについての議論が行われた.ここでは,約1時間半にわたって行われた討論の概要について紹介する.
3.1 AIの持つ可能性
議論はまず,AIの身体性に関する話題から始まった.
AIの身体性の意味
辻井氏は,AIは物質,エネルギー,情報という三つの世界観から成るが,知能というものが,古くから情報の世界のみで議論されてきたことに問題があるのではないかと指摘した.人間は,行動や感情状態によって,思考も左右される.心身二元論的な考えに基づく現在の計算論的AIは,人間の知能のごく一部を捉えているに過ぎない,と物理世界の影響を考慮することの重要性を訴えた.
浅田氏は,AIの身体性の意味を再認識する必要性があると同時に,技術的な挑戦の観点では,問題に対峙するよりも,どのように設計することでどこまで克服できるかという問題に置き換えていきたいと話し,専門家として検討していく必要性を訴えた.
尾形氏は,AIが,身体を持たないことによる矛盾や境界を,自ら認識する必要があるかもしれないという見解を述べた.ChatGPT のような生成AIは,人間に忖度し,完璧に回答しようとする傾向があるが,本来ならば間違い続けるのが当たり前である.どうしても取り切れない世界に晒され,問題に直面することが,身体性の問題解決につながるかもしれないと話した.
AIが学習できる範囲
ここで,一般の参加者から,学習のベースとなる大規模言語モデルの中には人間が経験してきたさまざまなことが含まれているが,その中に言語で記述できないような事柄も何らかの構造として含まれていて,大規模に言語を学習することでそれらの裏の部分まで学習できている可能性はないだろうかという疑問が寄せられた.
田村氏はこれに完全な同意を示した.中島氏も,膨大な言語表現の中には,動作に関することも含まれているという考えを示し,データが「膨大」であることが大事ではないかと述べた.
さらに,一般参加者として聴講していた研究者は,Chat-GPT には,どのような感情表現のときにどのような動作をすべきかという情報まですべてデータベースに入っていると話した.また,それらを引き出すには,感情表現を使って適切なプロンプトを与えることが大切であり,感情表現を通して言語から身体にパスを通すことができると述べた.一方で,人工の生命を作らないと知能は発生しないのではないかという考えも示した.
3.2 新技術に適合し,安全性も担保する科学研究の在り方
中盤になると,議論はAI・テクノロジーの活用のための社会基盤にシフトした.
アジャイルガバナンスとは
ここで,稲谷氏より現在経済産業省が進めているアジャイルガバナンス(図5)について話題提起があった.従来の政府の仕組みはウォーターフォール式で,まず始めに一番理想的な状態が定められ,次にそれに従って全ての秩序が統制されていくというものであった.しかし,このような型にはまったルール体系では,ロボット研究,AI研究のような全く新しい技術開発がしにくくなり,結果として国民がロボット,AI研究の恩恵を十分に得られなくなってしまう.そこで新しいルール体系として現在進行形で進められているのがアジャイルガバナンスなのだそうだ.
図5 「アジャイル・ガバナンス」の基本コンポーネント[2]
アジャイルガバナンスの特徴は,高い柔軟性である.日本全国同時に全てのルールを変更するのではなく,新しい技術の進歩にあわせて,特定の地域,特定の技術に絞って,試験的に導入し,上手くいったら少しづつ規模を広げていくというものだ.新しい技術開発には必ずリスクがあるものであるので,アジャイルガバナンスを実施するときには今の状況にあわせた適切な安全管理が必要になる.当然研究者も政府と一緒になって安全性について議論していく必要がある.研究者には自らの責任でリスクとイノベーションを計算し,不測の事態に立ち向かい続け,少しづつ社会を便利にしていく,そういった倫理観が求められると稲谷氏は語った.
アジャイルガバナンスが研究にもたらすもの
研究者サイドからはアジャイルガバナンスに期待しているという声も多く聞かれた.今AIの技術発展はすさまじい.そんな中,トップダウン式に法律を定めていては,法律の策定が間に合わない.そうすると技術と法律が全くかけ離れたものになってしまって,逆に安全性が担保できなかったり,技術が進歩できずに世界に後れを取ってしまったりするということだ.
どんなにリスクを計算しても,新しい技術である以上予測できないことはある.そういった時に日本全国一斉に法律を変えるというのではなく,最もリスクが小さいと考えられる地域・ケースに限定して導入して,結果を受けて改善していくというのは,研究発展にとっても,社会の利便性にとっても有意義であるということだ.
研究者の倫理についても一概に研究者が決めて良いものではない.例えばドローンを飛ばしたときのバードストライクについて議論するとき,コウノトリが観光資源の県と,東京とでは意味合いが全く変わってくる.研究者の倫理観についてもその地域の様々な利害関係者のことを総合的に考えなくてはいけない.そういう意味で,マルチステークホルダで議論して地域や時代に合ったルールを柔軟に構成していくアジャイルガバナンスは有効なのだそうだ.
研究者の倫理観の重要性
一方で,社会の中で研究者が十分に信頼されているかというと,まだ不十分であるとの指摘もあった.中には,AIは道具に過ぎないと口先では言っておきながら,AIを彼と人間扱いしてしまうような研究者が,「危ないことはそれに気がついてから止めれば良い」と言っても信頼できないといった鋭い指摘もあった.また,ドローンの研究にはこれだけたくさんの税金が使われているのに,国民にはその恩恵がまだ実感できないという指摘もあった.能登半島地震で孤立集落に物資を届けるのはドローンが最適なのではないかと国民は思っているが,未だに実現していないのは問題ではないかということだ.
たしかに,研究者が自分の知的好奇心から研究を進めることは未来の社会にとって大切である.一方で,研究者は未来の日本を,世界を背負っているんだという自覚をもって研究に臨まなくてはならないと感じた.
3.3 テクノロジーと一般市民
終盤では,一般の参加者からもAIに対して多くの意見が寄せられ,議論はより活発なものとなった.
テクノロジーとの共存
ここで,一般参加者が,テクノロジーへの率直な意見をパネリストに投げかけた.高齢者の間においてAIという存在は,言葉こそ誰もが知っているが,実態はまだまだ把握できておらず,急速な生活への浸透に戸惑いが隠せないという.科学者には多くの高齢者がそう考えていることを把握するとともに,AIとは一体何か,どういう風に付き合っていくものなのかを明確にしてもらいたいと訴えかけた.しかし同時に,生活に浸透しつつある配膳ロボットに対しては,高齢者や小さな子どもも手伝ってあげようという気持ちにさせ,自分たちにもまだやれることがあるように感じさせてくれるものであると肯定的な意見を述べた.高齢者など弱い人の立場にも寄り添って考えることで,AIやロボットとの正しい共存の形が明確になってくるのではないかと語った.
AIという言葉は社会に浸透する中で,その使われ方も変化してきている.元村氏は,メディアでもAIとの関わり方は模索中で,進歩の早いAIに詳しい記者はほとんどおらず,勉強しながら報じていると話した.さらに,AIは記者の仕事を脅かす存在であり,自分たちの仕事が取って代わられてしまうという不安を抱える状況下で,適切な報道ができているとは言い切れないと,メディアの実態への不安を吐露した.また,福島氏は,AIを確立された言葉のように使うからいけないのだと指摘した.AIは努力目標だという考え方もあるという.
AIやロボットとの共存について,稲谷氏は,人間の良い面を引き出す可能性があるという考えを示した.これまでの法制度では,自律して自分のことができる “強い人間” を理想としており,“弱い” 人は見捨てられる傾向があった.しかし,弱いロボットの浸透により,互いの弱い部分を助け合おうとする風潮が広がることで,さらに多様な生き方ができる状態を作っていけるのではないかと話した.
今後のAI・テクノロジーの利用
一方で,瀬名氏は,テクノロジーは今発展途中であるが故に可能性に期待が高まっているだけなのではないかと懐疑的な意見を述べた.珍しいからこそ人々が高揚し,良い効果をもたらしているように見えるだけで,さらに技術が発展していけば,そのような良い作用もなくなってしまうのではないかと指摘した.
これに対し,浅田氏は,弱いロボットはこれまでの規範と異なるものであるため,実際に社会に取り入れた結果どうなるかを見ることに価値があり,今後その効果を見極めることが大切だと話した.また,人間がロボットに求めることは人によって異なり,助けが必要な人,あまり必要でない人など様々である.ロボットがもたらすそうした多様性も探っていくべきなのではないかと意見を述べた.
稲谷氏は,人間がこれまで常に何らかの道具や人工物に情報処理を委託して発展してきた歴史から,積極的なAI・ロボットの利用に肯定的な見方を示した.テクノロジーと政治の仕組みとの関わり方は依然検討していく必要があるが,今の段階で無理に限界を決める必要はないのではないかと語った.
これに対し,福島氏は,限界を明確に決める必要はないものの,共通認識として確実なタブーゾーンなど,ある程度の設計指針がなければテクノロジーの実装はなかなか難しいという現実にも言及した.
AI・テクノロジーと「理解」
ここで再び一般の参加者から,AIが “分かる” “理解する” というのは,どの段階のことを指しているのかという疑問がパネリストに投げかけられた.これに対し田村氏は,意味を理解することの本質は,自分の周りの状況を見て,次に起こることを予測し,同意するかしないか選択することだと話した.AIはその根本を押さえているために,大量のデータを学習することでさまざまなことができるという.
また,浅田氏は,「理解する」ことの意味は人間においても明確になっているわけではないと指摘した.人間やロボットの場合は,理解したかどうかを行動で判断するが,本当に誤解していないかどうかを判断することは難しい.AIは,人間が「理解する」ことの意味を今一度考えさせてくれる良い材料なのではないかと話した.
さらに別の参加者からは,テクノロジーのイメージと実際との乖離について戸惑いの声が寄せられた.人々の生活を便利にするというイメージが先行しているが,実際には役に立ちそうな場面でもすぐには役に立たず,それどころか,実際には急に生活に導入されてストレスを覚えたり,長時間のデバイスの使用等で健康が害されているように感じるといい,科学者がテクノロジーについていけない高齢者を蔑ろにしているのではないかと指摘した.浅田氏は,開発したテクノロジーは,開発した時点がゴールではなく,設計者およびそれに関わる人々が,最後まで面倒を見ることが重要だと話した.
4. おわりに
本稿では,AIシンポジウム「AI: 夢が現実に,夢を未来に~AI新世紀を語る~」について報告を行った.多様なバックグラウンドを持つ先生方による,AI・テクノロジーに対するさまざまな視点からの見解は,非常に刺激的なものだった.また,パネル討論では,一般参加者の方々も活発に意見が出され,白熱した議論が行われた.AIやテクノロジーのさらなる発展において,本シンポジウムのように,多様な立場から議論を重ねていくことが必要不可欠であるといえるだろう.
※組織名・肩書きは当時のもの
参考文献
[1] 朝日新聞デジタル,“(対談)AI・言語・思考 今井むつみさん×瀬名秀明 さん”,https://digital.asahi.com/articles/DA3S15830653.html ,p.5 (accessed Oct. 15th, 2024)
[2] 経済産業省,“日本語版「GOVERNANCE INNOVATION Ver.2:アジャイル・ガバナンスのデザインと実装に向けて」報告書”,https://www.meti.go.jp/press/2021/07/20210730005/20210730005-1.pdf ,p. 5 (accessed Oct. 15th, 2024)
新川 馨子 (Kaoruko Shinkawa)
2023 年電気通信大学情報理工学域 II 類(融合系)卒業.現在電気通信大学大学院情報理工学研究科機械知能システム専攻博士前期課程在学中.アンドロイドアバターの遠隔操作システムの研究に従事.(日本ロボット学会学生会員)
斎藤 天丸(Takamaru Saito)
2023 年東京工業大学工学院機械系機械コース修士課程修了.東京工業大学工学院機械系機械コース博士後期課程在学中.高齢者の歩行を支援するロボット技術を用いたデバイスの開発に従事.
牧原 昂志 (Koshi Makihara)
2021 年筑波大学大学院システム情報工学研究科知能機能システム専攻博士前期課程修了.現在大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻博士後期課程在学中.マニピュレーションの研究に従事.