5月24日に大阪伊丹空港出発し,羽田,ウィーンを経由してジュネーブに飛び,そこから列車,メトロと繋いで,ローザンヌのEPFLに到着した.ロシアによるウクライナ侵攻の影響で羽田からウィーンまで14時間35分の長旅であった.ウィーンでの乗り換え時間が55分しかなく,入国審査,セキュリティチェックインと小さな空港ではあるが,焦ってゲートにたどり着き,なんとか間に合った.ウィーンからジュネーブの便は天候が良く,雲の合間を縫って(スライド1:動画),ジュネーブ空港に向かった(スライド2:左上の写真は着陸前).ジュネーブ空港からは始発の列車でEPFLの最寄り駅Renensに向かった.始発なので空いていて,二階の席はのんびりした雰囲気だった(スライド2:右下の写真).Renensからはメトロで会場最寄りの駅EPFLで下車し,RoboSoft2025(スライド3)の会場と最寄りホテルのSwissTech Convention Center (スライド4)& Hotelに向かった.メトロと言ってもほとんど地上(スライド21動画)での走行だ.
今回の出張のメインの目的は4月27日に開催されるEmbodied Intelligence Workshop(スライド22)でのパネリスト講演であったが,直前にRoboSoftがあったので,4月25日から参加した.京大の細田教授,川節講師ら,旧浅田研メンバーと最近のソフトロボティクスの動向に関する談義で盛り上がった.今回のRoboSoftは,予想600名のところ800名と多くの参加者,とくに62%が初めての参加,ほぼ半数が学生ということで,異様な盛り上がりだ.当然のことながらヨーロッパが多く,日本からは35名ほどとのこと,新規の参加国もあった(スライド5).当日の夕方から会議バンケットがOlympic Museumで開催され,メトロで会場近くのOuchy-Olympique駅まで移動し,そこから徒歩で会場に向かった(スライド6,7).早く到着したので,だれもいなかったが,ベランダからレマン湖を望む風景をビールを飲みながら堪能した.6時半開始だが,会議が6時半までだったので,7時半くらいから超満員のごった返しの状態で早々に引き上げた.
翌4月26日の基調講演はMITのEllen Roche教授[1]によるもので,彼女は,マサチューセッツ工科大学(MIT)の准教授であり,Therapeutic Technology Design and Development Labのディレクターを務めている.ハーバード大学で博士号を取得し,医療機器産業においても豊富な経験を持つ.これまでに,頸動脈フィルター,薬剤溶出型ステント,大動脈弁生体弁のデリバリーシステムなどの開発に携わってきた.彼女の研究は,ソフトロボティクス,機械的駆動,バイオマテリアル,計算解析を統合し,革新的な心疾患治療デバイスの設計を目指している.[2]
講演タイトルは「Softrobots to mimic or augment heart function」で,彼女の研究である心臓を補助または強化するためのデバイスを用いたアプローチに焦点があたっていた.スライド8,9は彼女の論文「AI-PoweredMultimodal Modeling of Personalized Hemodynamics in Aortic Stenosis」[3] からのもので,内容は以下である.大動脈弁狭窄症(AS)は先進国で最も一般的な心臓弁疾患であり,個別化医療のために高精度な前臨床モデルが有用であるが,従来は専門家による煩雑な手作業を必要とする点が課題であった.彼女らは,CT画像からAS患者ごとの血行動態を迅速かつ自動的にモデリングするAIベースの計算フレームワークを提案している.まず,自動メッシュ生成アルゴリズムが従来法より100倍速く,かつ高精度にシミュレーション用の形状を構築できることを示した.さらに,この手法が流体-構造連成モデルやソフトロボティクスと統合され,多様な患者の血行動態を高精度に再現できることを実証している.本手法は,ASのバイオメカニクスと治療計画の個別化を支援するための有力な補助ツールであると主張している.これに続いて,患者固有の血行動態を再現するソフトロボティックモデル[4],調整可能なソフトロボティック・スリーブによるASの再現[5]などにアプローチしている(スライド10,11).
先天(性)心疾患の一つとして,通常の二心室に対して,一心室しかない単心室症があり(スライド12),呼吸時に血流に影響を及ぼす(スライド13).彼女らは,これをソフトロボティクスで解決する手法を提案している[6].単心室症の治療法として行われるFontan手術(この手術法を最初に実施した心臓外科医の名前から)は,全身循環と肺循環を直列につなぐ姑息的手術であり,重大な生理的負担を伴う.彼女らは,このFontan循環を模擬するバイオメカトロニクス・モデル(模擬循環ループ)を,解剖学に基づいて設計・製作した.まず,胸郭・腹部・ソフトロボット製の横隔膜からなる呼吸シミュレーターを構築し,電気機械制御システムにより呼吸時の圧力変化を再現した.これに,流体モデルを重ね合わせ,血液を模倣した液体,コンプライアンス血管,抵抗弁,そして患者データから3Dプリントした全肺静脈吻合部(TCPC)などを組み込んだ.流体力学的には,生理的範囲(0〜2.3 L/min,14〜26 mmHg)での循環を実現し,特に呼吸による静脈還流(最大30%)の影響を模擬した.腹部や肺の血管はシリコン膜による弾性コンプライアンス血管で再現され,Fontan患者に特徴的な下大静脈の血流変動をモデル上で再現可能であることを示した(スライド14).
無呼吸症候群(OSA)は,一般的だが見過ごされやすい疾患で,アメリカでは女性の17%,男性の34%が罹患している.ダウン症候群の人々に不均衡に多く影響し,高血圧,心臓発作,脳卒中,早期死亡のリスク増加と関連している(スライド15).彼女の研究チームは,OSA患者の気道閉塞を防ぐためのカスタムフィット型口腔内装置を開発した.この装置は,患者の口腔内を3Dスキャンし,CADで設計されたデジタルモデルを基に生体適合性のある樹脂で3Dプリントされる.装置には小型の吸引ポンプが接続されており,睡眠中に舌や軟口蓋を安定させることで気道の閉塞を防ぐ.このデバイスは,特にダウン症候群のOSA患者など,罹患率が高い集団に対して有効であると期待されている[7].
不整脈の一つとして心房細動(AF)がある(スライド17).彼女らは,AF患者の脳卒中リスクを低減するため,左心耳(LAA)を閉鎖するソフトロボティクス技術を用いた新しいアプローチを開発している.この研究では,患者固有の解剖学的構造に適応する柔軟なインプラントを,カテーテルを通じて体内で組み立てる「in vivo assembly(体内組立)」の手法が採用されている(スライド18).
このようにソフトロボティクスの技術を使い,生体組織の機能の改善や代替,能動的補助,免疫応答の修正や薬物搬送,組織欠損の修繕などが可能と主張する(スライド19).しかし,医療応用では課題として,
- 耐久性(6億回の動作サイクルに耐えること)
- 生体適合性のある材料の使用
- 体内への埋め込み可能性
- 量産可能な製造体制
- (患者ごとの)ソフトロボット・ツインのための高速性
を挙げ,ソフトロボティクスのコミュニティが協力し合うことで,臓器を修復し,命をつなぐような有意義な成果を達成できるはずであると主張した(スライド20)
休憩の合間にメトロで一駅ローザンヌよりに移動し,ローカルな雰囲気を満喫した.ローザンヌに向かうメトロは単線で,歩行者用に小さな踏切が設置されている.スライド21のビデオの最後に,その踏切の動きが見られる.夕刻からEmbodied Intelligence (EI)のレセプションがEPFLの建物であるというので,そこに出向くと,Rolf Pfeiferを始め,Giulio Sandini,東大國吉教授などおなじみの面々が集まっていた.とはいえ,人数的には10人強で,会場に向かうと,アピタイザーの量に比して,アルコールが膨大であった.これら,すべてを飲み干すのは無理だなぁと思っていたら,なんとRoboSoftのFarewllと被っていて,大量の参加者が押し寄せ,あっという間に食べ物やアルコールが消えていった.やむなく,京大細田教授,川節講師,加えてATRの住岡氏を交えた元阪大メンバー(阪大マフィアと呼ばれていた:-)といっしょにローザンヌダウンタウンに移動して,夕食を堪能した.
翌4月27日がEIワークショップ本番である.今回,Rolfの「Understanding Intelligence」出版25周年記念ということで,そのお祝いワークショップでもあった.最初に主催者の一人であるケンブリッジ大の飯田史也教授から挨拶があり,2003年時のWSの写真が映された(スライド23).残念ながら筆者はいないが,キーパーソンの22年前の姿がそこにあった.飯田氏はもう一枚スライド(24)を映して,一個の細胞から派生したヒトの身体の驚異とポテンシャルに言及した.
最初のパネルでは,Verena Hafnerの司会で,Rolfを始めとする重鎮たちがポジショントークした.Rolfは口頭で,自身はもう何も研究しないことを宣言して,若手の台頭に期待を寄せていた.浅田は痛覚が身体性を社会性を結ぶキーとしてスライド15枚のポジショントークを行った.そのうちの最初の3枚がスライド25ー27である.バイブルと呼ばれているUnderstanding Intelligenceは,当初,RolfがNEW AIのようなことを言っていたので,いやいや違うと筆者がなだめすかし,現在のタイトルになったことを覚えている.続いて,GiulioがEmbodimentの説明能力に着目し,科学と工学が融合していることを示した.筆者もスライド26で科学と工学の違いを説明しつつも,EIは両方を包含していることを言いたかったが,Giulioのほうが説明がうまかった.國吉教授はSuper Embodimentの提案で,心肺の臓器をはじめとする内受容感覚の重要性をアピールした.その後,数人のポジショントーク後,討論が始まって,これから25年後の姿について語り合った.
ポスターセッションで一件紹介したい.Benhui Dai, Marine Devezeaux de Lavergne, Cyril Moccand, Fabiola Dionisi & Josie Hughesらによって,人工舌が開発されている.タイトルは「BabyBot: Robot with infant-likefeeding behaviours and developmental oral skills」で,同名の論文がすでに出版されている[8].ポスターを写真撮影したが,画質が良くなかったので,ポスターを説明してくれた第一著者のBenhui Dai氏にメールを送ったら,ポスターのファイル(スライド29)とともにビデオ(スライド34)も送ってくれた.ここに感謝する.この研究は,乳児の摂食行動と口腔運動の発達を模倣するロボット「BabyBot」の開発について報告している.倫理的・実践的な制約から乳児を用いた実験が困難である中,BabyBotは感覚運動制御経路を備えた口腔—脳システムを再現(スライド32左)し,柔軟なロボット舌とセンサー付き口腔を搭載している(スライド30).出生(スライド31)から6か月までの発達段階を再現でき,液体や半固体の食物を人間に近い効率で摂取可能(スライド33)である.また,未熟児の吸啜,誤った摂食に対する嘔吐反射,不適切な運動などの異常行動も再現できる.スライド34のビデオでは,乳児の蠕動運動,嘔吐反射,様々な食物の摂取を再現している様子が可視化され,舌の実時間の動きが非常に印象的である.本研究は,乳児の生理的行動や発達のin vitroシミュレーターとして有用であり,小児医療や生物進化,医療工学におけるソフトロボティクスの可能性を示している.その他にも興味あるものがいくつかあったが,紹介は別稿に譲る.午後もパネルと総合討論があり,今後のEIの興隆を期待して,集合写真撮影後,終了した.
翌4月28日は帰国の途につく日だが,便が夕刻なので,ローザンヌ市内をメトロ,バス,徒歩で回った.最初はホテルからメトロとバスを乗り継いで山のほうにあるソヴァヴランの塔(スライド35)で,高さ約35mで151段の螺旋状の階段である.塔からの眺めは,ローザンヌ市内やアルプスの山々を眺望できた(スライド36,37左).151段昇って,降りて,喉の乾きを癒すためだろうか?水飲みの木彫りのオブジェが塔のエリア内にあった.
そこから下って,ローザンヌ大聖堂を訪れた.写真(スライド38)は建物南側で,入口左の矢印があって,西側に回った.そこは展望台になっていて,ローザンヌ市内が近くに見渡せた(スライド39左).建物の周りに戻ったが,入口らしきものがなく,北側に回っても見当たらずで,諦めて戻ってきたら,西側のドアを開けて入っていった人たちを見かけ,何とか中に入れた.12世紀〜13世紀頃に建てられたゴシック様式の大聖堂[9]である(スライド39右).ステンドグラスが圧巻で(スライド40−43)で,スライド41はステンドグラスとその床面への投影である.奥から入口付近を眺めると巨大なパイプオルガンが見え,その奥の天井近くにもステンドグラスが垣間見えた(スライド44左,中).大聖堂から少し下って,旧市街のパリュ広場にあった正義の女神の噴水(スライド44右)を横目にホテルに戻るメトロを目指した.
ジュネーブからロンドンヒースロー経由での帰国の夕刻の便だが,サマータイムとあってまだまだ明るく,ジュネーブ空港を発って,しばらくすると雲海というよりも,木々のように林立している雲林と呼びたくなる雲の中を通過した(スライド45動画).ヒースローから14時間あまりの空の旅で羽田に夕刻5時前に到着し,予定の7時の便の一本前の6時の便で帰阪し,無事,長旅を終えた.
[1] https://ttdd.mit.edu
[2] https://robosoft2025.org/plenary-key-note-talks/
[3] https://advanced.onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1002/advs.202404755
[4] https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36812335/
[5] https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36163494/
[6] https://ieeexplore.ieee.org/document/9224293
[7] https://deshpande.mit.edu/projects/novel-device-for-obstructive-sleep-apnea-in-down-syndrome/?utm_source=chatgpt.com
[8] https://www.nature.com/articles/s44182-025-00026-3
[9] https://www.arukikata.co.jp/spot/230331/
雲を抜けてローザンヌ訪問(※動画はこちらから確認いただけます) (PPTX:502MB)
浅田稔
元会長,現在,大阪国際工科専門職大学 副学長,及び大阪大学先導的学際研究機構 共生知能システム研究センター特任教授