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みのつぶ短信第21回「祭りのあとかあとの祭り?」


上:RoboCup2021/下:Scientific and Technological Challenges in RoboCup [9]

 

緊急事態宣言下でのオリンピックが幕を閉じた.なんとも後味が悪い.開催前からの科学者からの新型コロナの影響に関する助言をほとんど無視し続け,強行開催の名にふさわしい.まずは,開催前の新聞記事から拾ってみる.朝日新聞2021年6月12日朝刊<ひもとく>「強権IOCと五輪 巨利と政治が生む虚構の分断線 星野智幸」[1]で,日本がIOCの植民地という表現がぴったりあてはまる.完全にビジネス化したイベントは,また,政治的にも利用され,というよりもIOCと国家が都合のよいように画策してきた歴史であると明言する.さまざまな差別反対と謳いながら,現実とのギャプは大きい.開催後,女子スポーツに関する日本の著名人の対応の酷さ(金メダルを噛んだり[2],女子ボクシングに対する偏見[3]など)は,まさしく現在の日本の男中心社会を象徴している印象だ.女子スポーツというよりジェンダーイシューとしたほうが正確だろう.開催主体そのものが旧態然とした組織構造で,トラブルの連続だった.日本のトップの組織や委員の人権意識が国際感覚とかけ離れていること,そのことの自覚がないことがあまりにも情けない.


元京大総長の山極寿一氏(現在,総合地球環境学研究所所長)は,開催期間中の2021年7月26日の朝日新聞朝刊の紙面でのコメント[4]で,現状のオリンピック開催の意義も含めて,さまざまな課題を指摘し,スポーツの原点は遊びであることを強調され,ゴリラもよく遊ぶと述べた.勝負事ではなく,役割交替の過程を楽しむことが重要だと指摘されている.山極氏とは,元阪大総長の鷲田清一氏(現在,せんだいメディアテーク館長)とのつながりの研究会で数回(両氏とも総長になる前)議論した記憶があり,一番印象に残った話は,ゴリラのユーモアのセンスである.ゴリラに対して,白い布と赤い布の色の識別学習を訓練していて,ほとんど正解するのだが.ある日,白い布に対して赤と答えた.山極氏が「何で?」という表情を見せると,ゴリラは,白い布のなかに短い赤い糸を指差したとのことである.そして,いかにも笑っている表情を見せたという.このことだけで,ゴリラがユーモアセンスを持っていることの客観的証拠を示すことは,困難であるが,氏ならではゴリラとの仲良し関係の表れだろう.


オリンピックの話に戻ると,そのような原点を味わせてもらったのが,スケートボード女子パーク決勝で,国の境界を超えて選手自身が自分たちの競技を楽しんでいる様子が伺えた.この点は,企画会社「arca」代表の辻愛沙子氏も指摘している[5].辻愛沙子氏のコメントには,今回のオリンピックの課題が鋭く指摘されているので一読を薦める.山極氏も国と国との戦いがメディアもこぞって強調し,選手への精神的負担の重さを指摘している[6],ベラルーシの陸上選手の亡命も大統領の脅迫じみたコメントに由来する.その大統領は強気の姿勢を崩さない[7].国家の威信を選手に押し付ける強硬な態度である.


さて,同じ競技会を開催しているロボカップ[8]では,国と国の境界を始めとして,さまざまな境界を無くすことをポリシーとしている[9].それはスポーツの原点に近い.勝負ごとではなく,その過程を通じ,互いに切磋琢磨しあう仲間として,称え合う気持ちがあることが大切だ.当初.優勝チームが表彰式に国旗を持ち出してきたことがあり,即,禁止した.[9]で述べている対象となる境界は以下である.

 

  1. 競技参加者と競技主催者の境界:競技参加者は各競技のチームリーダーミーティング,技術委員会,実行委員会,理事会などを通じて,主催者側の委員会に参加し,競技種目や新たなリーグを企画できる.
  2. 長期と短期の達成目標の壁:最終ゴールが共有され,それに向かったさまざまな中期・短期目標が有機的に設定されており,長期と短期の達成目標の壁は存在しない.
  3. 学術界と産業界の境界:当初,研究が主であったが,教育主体のジュニア,さらに産業界(ソニーアイボ,NAO,ペッパー)からの参加,さらにロボカップ卒業生によるベンチャーの誕生(KIVAシステム,のちのアマゾン・ロボティクス)など,学術界と産業界がスムーズに結ばれている.
  4. 国境:先にも述べたように,国と国の戦いではなく,個人やグループが互いに励まし合う形態だ.多国籍のチームを推奨し,国際ジョイントチームとしての参加もある.
  5. 最先端研究と教育プロジェクトの境界:小中高生をターゲットにしたロボカップジュニアドメインを有することで,研究と教育の境界を無くそうとしている.この目的で,教育リーグが設けられている.

 

[1] https://digital.asahi.com/articles/DA3S14936863.html?iref=pc_ss_date_article

[2] https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_610b2eaee4b075592c772d9b

[3] https://news.yahoo.co.jp/articles/405484238d26892b0b4467fae9886709230bc79b

[4] https://digital.asahi.com/articles/DA3S14987519.html?iref=pc_ss_date_article

[5] https://digital.asahi.com/articles/ASP8B55DDP87ULEI008.html?iref=pc_ss_date_article

[6] https://digital.asahi.com/articles/ASP7R5KPFP7FULBJ00P.html?iref=pc_ss_date_article

[7] https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210810/k10013191911000.html

[8] https://www.robocup.org

[9] Minoru Asada and Oskar von Stryk. Scientific and Technological Challenges in RoboCup. Annual Review of Control, Robotics, and Autonomous Systems, Vol.3, No.1, pp.441--471, 2020.

 

浅田稔

元会長,現在,大阪国際工科専門職大学 副学長,及び大阪大学先導的学際研究機構 共生知能システム研究センター 戦略顧問