1. はじめに
本稿では,2022年9月5日から9日にかけて東京大学にて開催された第40回日本ロボット学会学術講演会のレポートを行う.レポート内容は,9月8日に行われたOS16:確率ロボティクスとデータ工学ロボティクス〜認識・行動学習・記号創発〜(4/4)を扱う.本セッションは全8件の発表で構成される.
2. 発表内容
2.1 遠隔保育ロボットのための自律的距離調整の学習
1件目は,大阪大学の佐藤さんらによる「遠隔保育ロボットのための自律的距離調整の学習」[1]である.本発表はロボットの移動を自律化させることで,操作者が幼児とのコミュニケーションに集中できる遠隔保育ロボットシステムの実現を目的としている.学習は,保育士が操作したロボットの解析データからシミュレータを構築し,自律化を行っている.本発表で筆者が興味を持ったのは,論文内「4.3 今後の展望」にある,「幼児とロボットが持続的にインタラクションするためには,幼児がロボットに対して興味を持ち続けていなければならない.」という点である.持続的なインタラクションのためには,幼児の興味を一定に保つための工夫が複数必要になるのが難しく大変に感じた.また,幼児が実際の人間と接することで得られる経験と,提案する仕組みを搭載したロボットを介したコミュニケーションから得られる経験による差はあるのかも気になった.
2.2 Cloth Manipulation with Estimation of Material Properties
2件目は,信州大学のArnoldさんらによる「Cloth Manipulation with Estimation of Material Properties」[2]である.本発表は,従来の研究では素材特性を正確に測定できなかった点を素材特性空間のある領域をカバーし、操作中に素材特性を推定する機能を追加することで、素材特性を考慮した操作軌跡の生成を可能にした研究である.本発表で筆者が興味をもったのは,衣服の素材の知識はなくても,その素材を扱えるようにするという点である.衣服を作成するときや扱うときに,たたみ方などは生地の質感で変えることが多いだろう.しかし私たちは全ての素材を知っているわけではないので,新しい素材を扱うときは触ることにも抵抗がある場合もある.提案手法はこのような気持ちの面での弊害を少なくしてくれると感じた.
2.3 物体配置タスクにおける構造的知識を用いた衝突予測および視覚的説明生成
3件目は,慶應義塾大学の松尾さんらによる「物体配置タスクにおける構造的知識を用いた衝突予測および視覚的説明生成」[3]である.本研究は,構造的知識も考慮して物体配置における衝突リスクを推定し,配置方策も行う手法Transformer PonNetの拡張モデルを提案している.また実験として,提案手法と従来の手法の比較検証を行っている.本発表で筆者が興味をもったのは,衝突する可能性のある部分をattention mapから抽出した点である.画像内で複数の物体がそれぞれの場所で衝突しそうなとき,attention mapの処理の仕方やどの衝突を優先するのかについて興味がある.また衝突確率が0.4程度の場合,もしかしたら衝突するかもしれないし,しないかもしれないという状況のときの処理方法についても気になった.
2.4 概念の混合に基づくロボットによる環境のモデル化
4件目は,電気通信大学の三好さんらによる「概念の混合に基づくロボットによる環境のモデル化」[4]である.本研究は,環境にあるさまざまな統合概念をmMLDAで表現し,それらの概念を混合して環境全体を表現できるMixture of mMLDA (M3LDA)を提案している.また実験として,いろいろな物体を配置し,物体概念と位置概念やシーン全体を表現する概念を学習できるか検証している.論文内「3.実験」では簡易的な実験により,提案モデル(M3LDA)を用いることで環境を分類可能か検証している.実験における環境は,「右にペットボトル,左にぬいぐるみ」と「右にペットボトル,左にカップフード」という2種類を想定している.2種類の環境を学習したモデルを用いて,「右にぬいぐるみ,左にペットボトル」のような想定よりも複雑な環境について検証したとき,その他の実験結果と同様の結果が得られるのか気になった.
2.5 物体操作タスクにおけるSwitching Funnel UNITERによる対象物体および配置目標に関する指示文理解
5件目は,慶應義塾大学の是方さんらによる「物体操作タスクにおけるSwitching Funnel UNITERによる対象物体および配置目標に関する指示文理解」[5]である.本研究は,対象物体候補と配置目標候補の予測を個別に行う方法でタスクを解くことができるSwitching Funnel UNITERを提案している.また実験として,提案手法の有用性について検証している.本発表で筆者が興味をもったのは,論文内「6.4エラー分析」における,画像および言語の情報を適切に理解できなかった"SC"についてである.なぜ全体的なエラーの中でSCの間違いが最も多かったのかの原因が気になった.画像を対象にした物体検知で得られた物体と指示文内の単語の一致度が低かったためなのか,データセット数を増加させることで防げるエラーなのかについて興味がある.
2.6 Backward RNNを用いた他者意図のリアルタイム推論に基づく行動修正の実現
6件目は,慶應義塾大学の大類さんらによる「Backward RNNを用いた他者意図のリアルタイム推論に基づく行動修正の実現」[6]である.本研究は,潜在状態の近似事後分布をリアルタイムに推論可能な計算モデルを提案している.またロボット実験を通して提案手法の有用性を検証している.本発表で筆者が興味をもったのは,潜在状態を捉えることで現時点で相手を見たときに得られる観測特徴を修正する点である.また相手の行動の変化から自身の行動も柔軟に変化できる仕組みをどのように応用研究として発展させるか気になった.また初期値に応じた潜在状態のパターン変化を捉えことが難しいという点について,初期値が決まればパターンを1つに推測できると期待される理由も興味がある.
2.7 混合ガウス過程に基づく複数のポリシーの選択と補正による動作軌道の学習
7件目は,電気通信大学の吉田さんらによる「混合ガウス過程に基づく複数のポリシーの選択と補正による動作軌道の学習」[7]である.本研究は,Gaussian Process Mixture Model(GPMM)を用いて,従来の手法では扱うことができなかった動作軌道の学習と選択をできるような手法を提案している.本発表で筆者が興味をもったのは,論文内にある「4.まとめ」の「GP-HSMMによる動作軌道の分節化を導入」するという点である.もし分節化を導入した場合,提案手法よりもどのような点で発展性や拡張性があるのかが気になった.さらに従来手法がGP-HSMMを用いている場合,今回の提案手法ではGPMMを用いた理由についても興味がある.
2.8 GP-HSMMに基づく二重分節化モデルによる連続音声の教師なし構造学習
8件目は,電気通信大学の長野さんらによる「GP-HSMMに基づく二重分節化モデルによる連続音声の教師なし構造学習」[8]である.本研究は,多重分節構造を持つ音声データの構造を教師なしで学習可能なモデル GP-HSMM-DAA(GP-HSMM-based Double Articulation Analyzer) を提案している.本発表で筆者が興味をもったのは,論文「5.結論と今後の課題」にある「複数の話者によって発話された複雑なデータに対しては本手法でも対応が難しい」という点である.提案手法がどれくらい複雑なデータまで適応できるかを検証する方法をどのように行うのか気になった.また複数の話者の発話が同時に重なってしまった場合など,より複雑なデータを扱うために,モデル拡張の検討についても興味深かった.
3. おわりに
本稿では,OS16:確率ロボティクスとデータ工学ロボティクス〜認識・行動学習・記号創発(4/4)の様子をお伝えした.筆者自身の研究にも関連する内容も多数あり,今後の参考になる発表ばかりだった.またどの研究内容についても応用研究へ拡張させたときの社会への有用性が大きいものだと感じた.
参考文献
[1] 佐藤駿介,阿部香澄,堀井隆斗,長井隆行:"遠隔保育ロボットのための自律的距離調整の学習",日本ロボット学会第40回学術講演会予稿集,4F3-01,2022.
[2] S. Arnold and K. Yamazaki:"Cloth Manipulation with Estimation of Material Properties",日本ロボット学会第40回学術講演会予稿集,4F3-02,2022.
[3] 松尾榛夏,畑中駿平,平川翼,山下隆義,藤吉弘亘,杉浦孔明:"物体配置タスクにおける構造的知識を用いた衝突予測および視覚的説明生成",日本ロボット学会第40回学術講演会予稿集,4F3-03,2022.
[4] 三好遼,長野匡隼,中村友昭:"概念の混合に基づくロボットによる環境のモデル化",日本ロボット学会第40回学術講演会予稿集,4F3-04,2022.
[5] 是方諒介,吉田悠,石川慎太朗,杉浦孔明:"物体操作タスクにおけるSwitching Funnel UNITERによる対象物体および配置目標に関する指示文理解",日本ロボット学会第40回学術講演会予稿集,4F3-05,2022.
[6] 大類有紀子,村田真悟:"Backward RNNを用いた他者意図のリアルタイム推論に基づく行動修正の実現",日本ロボット学会第40回学術講演会予稿集,4F3-06,2022.
[7] 吉田武史,長野匡隼,中村友昭:"混合ガウス過程に基づく複数のポリシーの選択と補正による動作軌道の学習",日本ロボット学会第40回学術講演会予稿集,4F3-07,2022.
[8] 長野匡隼,中村友昭:"GP-HSMMに基づく二重分節化モデルによる連続音声の教師なし構造学習",日本ロボット学会第40回学術講演会予稿集,4F3-08,2022.
黒田彗莉(Eri Kuroda)
2022年お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科博士前期課程修了.修士(理学).現在,同研究科博士後期課程在学中.日本学術振興会特別研究員(DC1).人工知能学会学生編集委員.人工知能,機械学習などを用いたヒトの実世界理解についての研究に従事.