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第42回日本ロボット学会学術講演会レポート(オーガナイズドセッション:宇宙ロボティクス(2/3))


1.はじめに

2024年9月3日から6日にかけて大阪工業大学梅田キャンパス(大阪府大阪市)にて開催された第42回日本ロボット学会学術講演会セッション参加レポートをお届けします.


2.セッション

今回レポートするセッションは講演会3日目,9月5日の午前に開催された「2K2:宇宙ロボティクス(2/3)」です.当セッションでは,合計8件の発表がありました.はじめに,それぞれの講演内容を紹介いたします.


1件めは,宇宙航空研究開発機構の研究グループによる「機能再生モジュールのロボティクスによる軌道上衛星への取付サービス実証の概念検討」[1]です.この発表では,地球低軌道上で故障リスクを抱えた後期運用段階の衛星に対して独立運用可能なモジュールを取り付け,対象衛星が制御不能に陥ることを未然に防止するミッションのコンセプトを提案しています.


2件めは,総合研究大学院大学・東京都立大学・株式会社Preferred Networks・宇宙航空研究開発機構の研究グループによる「PatchTSTモデルを用いた弾道生成によるCislunarミッションの設計」[2]です.この発表では,深層生成モデルであるPatch Times Series Transformer(PatchTST)を応用して地球と月の間の領域を航行する宇宙機の弾道軌道を生成する独自の生成AIモデルを提案しています.


3件めは,中央大学・有人宇宙システムの研究グループによる「宇宙滞在中の抗重力筋維持のための装着型3自由度訓練装置の開発」[3]です.この発表では,宇宙空間に長期滞在する宇宙飛行士の筋力維持を目的とした装着型3自由度トレーニング装置の開発とシミュレーションによる制御モデルの評価について報告しています.


4件めは,中央大学・宇宙航空研究開発機構の研究グループによる「微小重力環境下での排泄物搬送に向けた蠕動運動型装置の基礎的検証 -異なるブリストルスケールの模擬便を用いた搬送性能の評価-」[4]です.この発表では,国際宇宙ステーション(ISS)での利用可能な宇宙トイレシステムの実現に向けて生物の腸管に着想を得た蠕動運動型の排泄物搬送装置を開発し,本装置によって異なる物理的特性をもつ模擬便を搬送した実験について報告しています.


5件めは,東北大学の研究グループによる「SpaceDyn ver. 3.0: ROSとの連携による宇宙ロボットシミュレーション」[5]です.この発表では,微小重力環境下で運動する宇宙ロボットの力学解析が可能な動力学計算ライブラリSpaceDynにRobot Operating System(ROS)との連携機能を追加実装したSpaceDyn ver.3.0を開発し,軌道上サービスロボットのマニピュレータ制御をシミュレートした結果について報告しています.


6件めは,九州工業大学の研究グループによる「スペースデブリ捕獲のための地上実験に基づく柔軟ネットの挙動解析」[6]です.この発表では,柔軟ネットを用いたスペースデブリ回収機構の地上実験を行い,デブリ捕獲時のネット挙動を解析した結果について報告しています.


7件目は,東北大学・慶應義塾大学・東京農工大学・東京理科大学の研究グループによる「Development of a Multifunctional Rover System for Mars Exploration and Operations in the University Rover Challenge」[7]です.この発表では,火星でのサンプルリターンや生命探索に向けた火星探査ローバ「ARES7」の開発とMars Desert Research Stationが開催する年次競技会での性能評価実験について報告しています.


8件めは,信州大学・テキサスA&M大学・早稲田大学・東京大学・東京理科大学・東北大学の研究グループによる「日米学生の協働による火星探査機製作と国際大会への挑戦」[8]です.この発表では,日米学生による協働火星探査ローバ開発プロジェクト「KARURA」におけるローバ開発と火星ローバ世界大会University Rover Challenge(URC)の競技結果について報告しています.


これらの中から,筆者が特に興味を持った6件めの「スペースデブリ捕獲のための地上実験に基づく柔軟ネットの挙動解析」と8件めの「日米学生の協働による火星探査機製作と国際大会への挑戦」について詳しくレポートします.


2.1「スペースデブリ捕獲のための地上実験に基づく柔軟ネットの挙動解析」(九州工業大学)[6]

本発表では,運用終了した人工衛星や打ち上げ後に分離されたロケット部品などの軌道上に放置されたスペースデブリを捕獲する柔軟ネットの挙動解析に関する地上実験とシミュレーションについて報告しています.

近年,スペースデブリの増加によって軌道上でデブリ同士が衝突するリスクが高まり,新たなデブリの発生が懸念されています.そこで,軌道上のデブリを回収・除去する軌道上サービスが求められています.スペースデブリを除去する方法としてデオービットデバイスを取り付けて大気圏に再突入させる方法があり,安全な取り付けのためには一度デブリを捕獲することが望まれます.捕獲方法の一つとして,図1に示すような柔軟なネットでデブリ全体を覆う方法があり,本手法はデブリ側に特別な被把持機構を必要とせず,様々な形状や運動状態のデブリに適用可能であるという利点があります.柔軟ネットを用いたデブリ捕獲の実用化にはネットの展開からデブリ包み込みまでの一連の挙動を明らかにする必要があり,シミュレーションによる解析や軌道上の実証実験が行われてきました.しかし,これまでの解析はネット展開時やターゲットと接触する一部分のみを対象としており,ターゲットの動的包み込み挙動を解析した例は少なかったそうです.

そこで本発表では,柔軟ネットによるスペースデブリ捕獲の地上実験を行い,先行研究で構築した動力学シミュレーションを用いてデブリ捕獲時のネットとデブリの挙動解析を行っています.そして,地上実験の結果と解析結果を比較することで動力学シミュレーション環境の妥当性を検証しています.

地上実験では,1辺90 cmの正方形の柔軟ネットの上方0.8 mからターゲットデブリ(1辺10 cmの立方体,質量183 g)を自由落下させ,その様子を撮影した動画からネットの四隅に設けた重りをトラッキングすることにより,ネットがデブリを包み込む際の挙動を解析しています.図2に示す実験時のスナップショットから,ターゲットはネットに接触した後に包み込まれ,接触から約0.3 秒後に四隅の重りがクロスしてデブリを完全に捕獲することが確認できました.また,接触後にネットの四隅がほぼ同じ速度でターゲットに向かって動くことが分かりました.

次に,地上実験と同様のシミュレーション環境とターゲットが接触する際の動力学モデルを定義し,ネットによるデブリ捕獲シミュレーションを行っています.このシミュレーションでは,一辺90 cmの正方形に合計1421点の格子点を設けて柔軟ネットをモデリングしています.ネットの各構成点は質点として扱い,各点をバネとダンパで接続した粘弾性モデルを用いてネットの伸縮や変形を再現することができます.また,ターゲットとネットの接触は,ネットがターゲットに仮想的にめり込むものとして,接触時にターゲットがネット構成点から受ける垂直応力ベクトルと摩擦力によってモデリングされました.シミュレーションによって得たネットの挙動解析結果を図3に示します.解析結果と実験結果は概ね一致しており,柔軟ネットがデブリを包み込む挙動を確認できました.しかし,実験ではネットの四隅がクロスする挙動が見られたのに対してシミュレーションでは重りがネットに接触し,地上実験とは異なる挙動をとりました.これは,シミュレーション環境内にネットの減衰係数やネットとターゲットの接触ばね定数といった未知のパラメータが複数存在し,ネットの挙動に影響したことが原因として考えられているそうです.今後は実験によって未知パラメータの最適化を行い,シミュレーションの精度向上を目指すことを述べていました.

本発表の所感として,ネットの上に落下した物体を捕獲する動作は非常にシンプルな現象に感じましたが,本発表のシミュレーションで実験と少し異なる挙動を示したことから,包み込み挙動の解析の難しさが感じられました.同時に,今回は地上で自由落下させた物体を捕獲する実験でしたが,私は実際のスペースデブリを捕獲する低重力の宇宙空間ではネットやターゲットの動力学モデルが複雑化するのではないかと思い,それをシミュレートすることはこの研究の面白さであると考えました.実用化にむけた更なる研究の発展に期待します.

 

図1 ネットによるスペースデブリ捕獲イメージ [6]

 


図2 柔軟ネットによるスペースデブリ捕獲の地上実験結果 [6]

 


図3 柔軟ネットによるスペースデブリ捕獲のシミュレーション結果 [6]


2.2 「日米学生の協働による火星探査機製作と国際大会への挑戦」(信州大学・テキサスA&M大学・早稲田大学・東京大学・東京理科大学・東北大学)[8]

本発表では,日米学生による協働プロジェクト「KARURA」を通じた火星探査ローバを開発し,国際大会University Rover Challenge(以下URC)に挑戦した成果を報告しています.

近年,宇宙開発は急激な進歩を遂げていますが,技術的・経済的な理由から単一国家での取り組みには限界があり,国際協力による宇宙開発の重要性が増しています.しかし,文化的・言語的な障害や政治的な障壁によって真の意味での国際協力体制を実現することは容易ではありません.

そこで本発表の研究グループでは,次世代の宇宙開発を担う人材育成と国際協力の新たな形を模索することを目的として,日米学生の協働プロジェクト「KARURA」を発足しました.本プロジェクトでは,火星探査ローバの製作と国際大会への参加を実現し,以下に示す3つの目標の達成を目指しています.

  1. URC出場を通じた実践的な宇宙開発技術の習得
  2. 国際的な宇宙開発プロジェクトにおける協働手法の確立
  3. グローバルに活躍する宇宙開発・エンジニアリング分野のリーダーを輩出するコミュニティ形成

KARURAプロジェクトは2022年9月に発足し,信州大学を中心とした日本全国の学生とアメリカ・テキサスA&M大学の学生によって構成されています.活動開始時に20名であった参加者は46名(URC出場時)まで拡大し,高校3年生から大学院1年生まで多様なバックグラウンドを持つ学生が活動しているそうです.ローバの開発は図4に示すようなチーム構成で行われ,サブチームに分かれて機体のミッション要求やシステム要求に基づいたコンポーネント開発を行っています.2022年11月からローバ製作が始まり,日米協働で2機のローバを試作しています.2023年10月からURCに向けた最終機体の開発が行われました.機体のコアとなる足回りを日米で同じ設計とし,その他コンポーネントは各国で製作を分担したそうです.

URCは2006年からアメリカ合衆国ユタ州の砂漠で毎年開催されている,大学生を対象とした火星ローバの世界大会です.本大会は宇宙飛行士の支援を想定した理学,工学に関する4つのミッションが与えられ,生命探査をテーマとしたサンプル採取・化学分析,不整地環境下でのオブジェクト搬送,ロボットアームによる機器操作,GNSS等を用いた自律走行技術といった内容が含まれています.また,本大会はローバの技術を競うだけではなく,資金調達やチームマネジメントといった項目も評価され,それらの総合得点で勝敗を競います.

研究グループが本大会に向けて製作したローバのCAD図を図5に示します.ローバは4つのミッションに対応した3つの形態を持っており,最大150 mmの障害物を乗り越えることが可能な足回り構造や,地上から1500 mmの高さまでを可動範囲とする6自由度のロボットアーム,最大4地点の土壌表面から試料を採取可能なサンプリング機構,抽出から分析までをローバ内で完結する科学分析機構を備えています.ローバのソフトウェアシステムはROSによって構成され,自律制御と手動制御の両方で動作可能です.

2024年6月に開催されたURC本大会では,出場38チーム中27位の成績を収めました.生命探査を目的としたScienceミッションでは,カメラによるハビタビリティ探査と成果発表が高く評価され,100点中74点の高得点を獲得しました.一方,サンプリング機構や自律走行システムの不具合に見舞われ,それらの技術的な課題も残りました.今後は機構の見直しや様々な環境を想定した試行試験を重ねることで信頼性を向上し,より高い成果を目指したいと述べています.また,技術的な課題のほかに遠隔での開発や言語・文化の違いによる国際協力の難しさが明らかになり,日米間の情報伝達やスケジュール管理における改善の必要性も述べていました.

本発表の所感として,日米の学生間でローバの共同開発を行うことで宇宙開発における国際協力の在り方を模索するという取り組みが面白いと感じました.本プロジェクトが将来の国際協働ミッションにおける各国の協力体制を構築するための礎となることを期待します.また,今後は米国で展開されているようなダイナミックな着陸探査の潮流を学生の立場から作っていきたいということでしたので,今後の活動成果に注目したいと思います.

 


図4 KARURAプロジェクト組織図 [8]

 


図5 URC出場機体のCAD図 [8]


3.おわりに

以上で「2K2:宇宙ロボティクス(2/3)」のセッションレポートを終わります.本セッションではスペースデブリの回収・除去や将来の宇宙探査への応用を目指した研究事例や,学生が主体となった火星探査機開発の取り組みについて知ることができ,今後の宇宙開発の発展に期待を膨らませる機会となりました.


参考文献

[1] 上野浩史,市川千秋,臼井基文,白澤洋次:“機能再生モジュールのロボティクスによる軌道上衛星への取付サービス実証の概念検討”第42回日本ロボット学会学術講演会予稿集,2K2-01,2024.

[2] 畠山祥,伊藤将太,柳瀬利彦,尾崎直哉:“PatchTST モデルを用いた弾道生成によるCislunarミッションの設計”第42回日本ロボット学会学術講演会予稿集,2K2-02,2024.

[3] 田原光貴,入江亜里沙,伊藤文臣,西濵里英,桝田大輔,中村太郎:“宇宙滞在中の抗重力筋維持のための装着型3自由度訓練装置の開発”第42回日本ロボット学会学術講演会予稿集,2K2-03,2024.

[4] 川野真生,鵜澤匠吾,山崎千秋,伊藤文臣,中村太郎:“微小重力環境下での排泄物搬送に向けた蠕動運動型装置の基礎的検証-異なるブリストルスケールの模擬便を用いた搬送性能の評価-”第42回日本ロボット学会学術講演会予稿集,2K2-04,2024.

[5] 内田亮慈,今井正純,高田一輝,宇野健太朗,吉田和哉:“SpaceDyn ver. 3.0: ROSとの連携による宇宙ロボットシミュレーション”第42回日本ロボット学会学術講演会予稿集,2K2-05,2024.

[6] 大山達也,伊藤悠真,吉田亮介,永岡健司:“スペースデブリ捕獲のための地上実験に基づく柔軟ネットの挙動解析”第42回日本ロボット学会学術講演会予稿集,2K2-06,2024.

[7] A. Danishi, S. Sunami, K. Nagaoka, K. Okuda, T. Kataonami, S. Kato, T. Saizaki, K. Matsuhashi, S. Karimata, A. Nakayama, S. Majima, A. Inoue, R. Nagahara, S. Miyoshi, and K. Koizumi: “Development of a Multifunctional Rover System for Mars Exploration and Operations in the University Rover Challenge”第42回日本ロボット学会学術講演会予稿集,2K2-07,2024.

[8] 瀬戸晴登,垣内啓邦,高松俊介,平井大源,三木隆史,辻紅那,廣田智己,堀江優菜,高瀬大河:“日米学生の協働による火星探査機製作と国際大会への挑戦”第42回日本ロボット学会学術講演会予稿集,2K2-08,2024.


丹野喬瑛 (Takaaki Tanno)

2024年中央大学理工学部精密機械工学科卒業.現在中央大学大学院理工学研究科精密工学専攻博士前期課程在学中.生物の腸管運動を模倣した蠕動運動型混合搬送装置の研究開発に従事.IEEE student member,日本機械学会学生会員.日本ロボット学会学生編集委員.