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学生編集委員会企画:第40回日本ロボット学会学術講演会レポート(一般セッション:生物模倣ロボット)


1. はじめに

2022年9月5日から9日にかけて東京大学本郷キャンパス(東京都文京区)にて開催された第40回日本ロボット学会学術講演会セッション参加レポートをお届けします.


2. セッション

今回レポートするセッションは9月8日の午後に開かれた「4E3:生物模倣ロボット」です.コロナ禍における現地開催ということもあり,発表者・聴講者ともに利用した椅子や机,手指の消毒が求められました.しかしながら,会場には多くの聴講者が集まっていました.特にこのセッションは近年の人気が高く,合計100人近くの聴講者がいました.そのため,ソーシャルディスタンスを意識して椅子には座らず立って聴講する人も多くいました.このように大変活気のある会議であったと感じました.それでは,このセッションの概要から説明いたします.

このセッションでは合計8件の発表が行われました.

1件目,2件目は京都工芸繊維大学の研究グループによる,「四脚ロボットを用いた視床ネコのsplit-belt適応歩行の構成論的理解-小脳レベルでの適応過程を考慮した視床ネコモデルの検証-」と「四脚ロボットを用いた視床ネコのsplit-belt適応歩行の構成論的理解-CPGと反射・反応から構成される脊髄ネコモデルの提案と検証-」です.わかりやすさの観点からプログラムに記載された2件目の発表タイトルである「四脚ロボットを用いた視床ネコのsplit-belt適応歩行の構成論的理解-CPGと反射・反応から構成される脊髄ネコモデルの提案と検証-」から先に発表されました.この発表では,四足動物の歩容適応の詳細なメカニズムを理解することを目的として,まず,脊髄ネコモデルの提案と実験の結果について報告され,続いて,新たな視床ネコモデルが提案されました.

3件目は立命館大学の研究グループによる,「ひれを持つ水陸両用車輪ロボットの開発」です.この発表では,車輪の回転運動のみで陸上では車輪を利用した走行を,水中ではひれを利用した推進を実現することで,歩容を切り替えることなく複数の環境に適応可能な推進機構を持つ水陸両用ロボットの実機実験により運動性能の評価について報告しています.

4件目は立命館大学の研究グループによる,「共振現象による劣駆動蠕動型ロボットの開発」です.この発表では,3つのモジュールと2つのバネ,1つのアクチュエータを用いた劣駆動蠕動型ロボットに関するバネに与える角振動数とロボットの移動距離の関係をシミュレーションと実機実験の結果の比較について報告しています.

5件目は芝浦工業大学の研究グループによる,「カイツブリを生体模倣した水上・水中観測ロボットの開発」です.この発表では,水鳥や周囲の水上および水中に生息する動物にストレスを与えずに観察・観測をするための,水鳥の生体模倣型ロボットの開発過程について報告しています.

6件目は早稲田大学の研究グループによる,「殻の揺動動作と閉殻に伴う排水を行う二枚貝形砂潜行ロボットの開発」です.この発表では,二枚貝のようなサイズ・形状であり,二枚貝の潜行動作,特に殻の揺動動作と閉殻に伴う排水を再現するロボットについて報告しています.

7件目は早稲田大学の研究グループによる,「体液圧によって伸展するクモの脚を規範とした小型関節の開発」です.この発表では,素早い伸展が可能な小型関節を実現するために,クモの脚の体液圧を用いた伸展メカニズムを規範とした小型関節について報告しています.

8件目は東京大学・明治大学・東洋大学・筑波大学の研究グループによる,「ダチョウの首の筋配置と関節可動域を模した連続マニピュレータによるリーチング動作」です.この発表では,ダチョウの首のリーチング動作のパターンを実現する腱駆動ロボットの多自由度性を生かし,構造的な不安定に陥ることなく,リーチングタスクを実現した結果について報告しています.

9件目は名古屋大学の研究グループによる,「培養筋肉における細胞密度勾配による腱組織再現手法の研究」です.この発表では,従来手法で技術的難易度が高い培養筋と繊維細胞の共培養を考慮し,固定部周辺のみ培養筋の細胞密度を高め,擬似的な腱組織としする方法を提案しています.

これらの中から,私が特に興味を持った3件目の「ひれを持つ水陸両用車輪ロボットの開発」,6件目の「殻の揺動動作と閉殻に伴う排水を行う二枚貝形砂潜行ロボットの開発」と9件目の「培養筋肉における細胞密度勾配による腱組織再現手法の研究」について詳しくレポートします.


2.1 「ひれを持つ水陸両用車輪ロボットの開発」(立命館大学)

この発表では,Fig. 1に示すような,ひれをもつ水陸両用型のロボットの開発について報告されました.水陸両用ロボットは,環境適応性が高く,災害現場などにおいても幅広い活躍が期待されています.しかしながら,従来の水陸両用ロボットは,水中と陸地において,歩容を変化させる必要があります.したがって,自律的な歩容の変化も必要となり,多くのセンサやカメラが要求されシステムが複雑化されてしまいます.

したがって,本発表では,歩容を切り替えることなく,水陸どちらの移動も可能とする水陸両用ロボットの開発を目的とし,様々な地形を想定した実機実験による運動性能の評価が報告されました.Fig. 1に示される提案されたロボットは,タイヤの回転により,同時にひれの動作も実現します.Fig. 2に示すように本ロボットは,車輪の回転運動のみにより陸上を車輪で走行し, 水中をひれで推進します. 起伏のあるひれの波形は車輪とともに回転する5 本の鰭条の協調的動作により形成されます.車輪は単純な円形形状ではなく,かぎ爪のような形状となっています.このかぎ爪が段差に引っ掛かることで段差を登ることができることが示されました.また,ひれがある場合では水陸両用となるだけでなく,ロボットが砂に埋もれた状態から抜け出し成功率も大きく向上させることが示されました.

この研究では,同一の歩容モードで陸地と水上の移動を実現する機構を開発しており,ひれの動作も水中の生物に似たところがあったことから着目した機構や発想が面白いと感じました.ひれの弾性力やタイヤの回転などを含めて今後モデル化されることが期待されます.さらに,砂から抜け出すときも,ひれの動作が大きく影響していることことから,ロボットのさらなる適応性が開拓されることを期待します.また,著者の経験では,従来の実用化されているような水陸両用ロボットは,自動車の後ろにプロペラが取り付けられている形式が多いというのが,イメージとしてありました.そこで,この発表において提案されたロボットが人間を載せる程度の大きさに拡大された場合の影響についても知りたいと思いました.今後は,このロボットのスケール効果の解明も期待します.

 


Fig. 1 ロボットの全体像.(予稿原稿 [3] より転載)

 


Fig. 2 推進方法とひれの波形.(予稿原稿 [3] より転載)


2.2 「殻の揺動動作と閉殻に伴う排水を行う二枚貝形砂潜行ロボットの開発」(早稲田大学)

この発表では,二枚貝形砂潜行ロボットの開発について報告されました.軟体動物門二枚貝綱の中には,海底へ潜行する生物がいます.またこれら二枚貝の潜行はエネルギ効率が良いことが知られています.中でもアサリやハマグリなどの丸みのある二枚貝はほかの貝と同様の動作により潜行しますが,ロッキング(潜行時に殻を揺動させる動作)という特有の動作もします.この動作が潜行において重要な役割を担っていると考えられています.

この発表では,上記に示すようなロッキングを行う丸みのある三角形の殻を持つ二枚貝の潜行動作を模倣することで,水で飽和した砂への新たな潜行方法の確立が目的とされました.開発されたロボットの外観をFig. 3に示します.

このロボットは,ロッキングを行う丸みのある三角形の殻を持つ二枚貝を規範としています.これらの貝は,殻の揺動と開閉により穴を掘りながら砂の中に潜っていきます.またこのロボットは,規範とした貝と同様に水を吐きながら穴を掘ります.この水により殻と砂の間の摩擦を減少させることで,より深くまで潜行することを可能とします.

まず,ロボットによる排水や開閉の有無に関する実験より,排水により20-60 %,開閉により10-40 %と大きな貫入抵抗の減少が示されました.しかしながら,この実験では排水と開閉の組み合わせにおける実験では,開閉の有無による効果があまり見られませんでした.発表者らによると,排水ですでに開閉と同様に殻の表面付近に空間ができていることや,開発した実機におけるほかのパラメータ設定が,開閉の影響を小さくするようなパラメータであった可能性が考えられるとのことでした.一方で,ロッキングについては,潜行に必要なエネルギの観点から実験されました.実験の結果からロッキングにより20-60 %と大きく必要エネルギが減少することが示されました.

以上の発表を聴講し,生物を規範としたロボットはたくさんありますが,水族館などで身近に見ることができる貝を規範としていることから,面白く感じました.さらに,発表におけるほぼすべての実験において結果が定量的に示されており,この研究の良さが明確にわかりました.

一方で,Fig. 3のようにロボット内部のモータがあり,防水には多くの時間を要したのではないかと感じました.Fig. 4に示される実験の様子よりロボット全体が水中にもぐっていることから,ロボットの完成度も高いように感じました.今後は,貝の潜る動作の解明や,どの程度深くまで潜ることができるのか,など新たなロボット工学や生物学における発見につながることが期待されます.

 


Fig. 3 統合機体.(予稿原稿 [6] より転載)

 


Fig. 4 ロッキングの評価実験.(予稿原稿 [6] より転載)


2.3 「培養筋肉における細胞密度勾配による腱組織再現手法の研究」(名古屋大学)

この発表では,培養筋肉の密度を変化させることで,収縮部と腱部分の結合力を維持したまま筋肉の剛性を変化させる手法の開発について報告しています.バイオアクチュエータは,生体筋の持つ特長をロボットへ適応させることができることから,注目が集まっています.筋の培養は現在までに多くの研究で実現されていますが,従来研究において腱の培養手法が確立されていないため,培養筋と繊維細胞の共培養は困難でした.

そこで,本発表では,上記に示す課題を解決するために,培養筋の固定部のみの筋の密度を増加させる手法について提案しています.この手法により比較的簡単に実現可能な筋の組織を培養することにより,腱組織と同様の剛性を有する組織の実現を目的としています.実験の様子をFig. 5に示します.実験に利用された生体筋は培養6日目にして38 %の収縮をしました.このときに,推定される細胞の密度は通常の2.7 倍になっています.また,Fig. 5(c)に示されるように生体筋の自然収縮力により張力が作用した状態でも20日間の培養が可能でした.この結果から,圧縮した培養筋により腱の代用が可能になることが期待できるということでした.

この発表に関しては,異分野融合ということもあり,私の知見の及ばない部分もありましたが,ロボット工学における生体筋を利用した実験であり,非常に興味がわきました.またこの発表における質疑の中では,生体由来ではない別の物体では細胞と親和性が低く,結合力が小さくなるということから,適応が難しいということが課題として挙げられていました.しかしながら,ロボットとして生体筋と同等の軽量・高出力なアクチュエータは開発されていません.したがって,今後この研究が発展し,生体筋と同等かそれ以上の軽量・高出力なアクチュエータが開発されることに期待します.

 


Fig. 5 腱代用組織作製とそれによる培養筋作製 a.腱代用組織の培養(day0~day6) b.腱代用組織を用いた培養筋(day20)(予稿原稿 [9] より転載)


3. おわりに

以上で「4E3:生物模倣ロボット」のセッションレポートを終わります.この他にも,「4K1:ソフトロボティクス(2/3)」「4K2:ソフトロボティクス(3/3)」のセッションについてもレポートしていますので,そちらも是非御覧ください.

発表の様子をFig. 6に示します.Fig. 6のように発表者がスクリーンの横に立ちレーザーポインタなどでスクリーンを指しながら説明するコロナ以前の発表形式となりました.感染対策をおろそかにせず,様々な研究者に対面で議論できる場を準備をしてくださった大会運営の方や関係者の方々に感謝いたします.

 


Fig. 6 会場における発表の様子.(3件目の発表:大平健生「ひれを持つ水陸両用車輪ロボットの開発」)

 

参考文献

[1] 古殿幸大,木村浩,“四脚ロボットを用いた視床ネコのsplit-belt適応歩行の構成論的理解,”日本ロボット学会第40 回学術講演会予稿集,4E3--01, 2022.
[2] 古殿幸大,木村浩,“四脚ロボットを用いた視床ネコのsplit-belt適応歩行の構成論的理解,”日本ロボット学会第40 回学術講演会予稿集,4E3-02, 2022.
[3] 大平健生,田陽,馬書根,“ひれを持つ水陸両用車輪ロボットの開発,”日本ロボット学会第40 回学術講演会予稿集,4E3-03 , 2022.
[4] 徳田祥吾,李龍川,馬書根,田陽,“共振現象による劣駆動蠕動型ロボットの開発,”日本ロボット学会第40 回学術講演会予稿集,4E3-04, 2022.
[5] 瀬谷勇太,髙木基樹,“カイツブリを生体模倣した水上・水中観測ロボットの開発,”日本ロボット学会第40 回学術講演会予稿集,4E3-05, 2022.
[6] 直井悠人,迫本和也,伊藤大知,小峯秀雄,石井裕之,“殻の揺動動作と閉殻に伴う排水を行う二枚貝形砂潜行ロボットの開発,”日本ロボット学会第40 回学術講演会予稿集,4E3-06, 2022.
[7] 大江勇輔,石橋啓太郎,石井裕之,“体液圧によって伸展するクモの脚を規範とした小型関節の開発,”日本ロボット学会第40 回学術講演会予稿集,4E3-07, 2022.
[8] 中野風志,呉克華,池田昌弘,柯強,郡司芽久,望山洋,新山龍馬,國吉康夫,“ダチョウの首の筋配置と関節可動域を模した連続マニピュレータによるリーチング動作,”日本ロボット学会第40 回学術講演会予稿集,4E3-08, 2022.
[9] 野村匠永,竹内大,Eunhye Kim,福田敏男,長谷川泰久,“培養筋肉における細胞密度勾配による腱組織再現手法の研究,”日本ロボット学会第40 回学術講演会予稿集,4E3-09, 2022.

 

伊藤文臣 (Fumio Ito)

2021年中央大学大学院博士前期課程修了後,同大学博士後期課程入学.同年より日本学術振興会特別研究員 DC1,日本ロボット学会学生編集員.現在に至る.
生物を規範とした外骨格型瞬発力発生機構や,蠕動運動による管内移動ロボットに関心を持つ.
IEEE graduate student member,日本機械学会学生会員.